第217話 社員旅行
「さてと、準備はこれで問題ないか」
「たった1日半の道のりですからどうとでもなりますよ」
「まあそうなんだけれど、1週間もキャンプ場を空にするのは初めてだからな」
ソニアの言う通り、この世界では片道1日半という距離はそこまで大したことはないのかもしれないが、往復が3日ちょいと街での滞在が3日ちょいで、約7日間もキャンプ場を空けるのは初めての経験だ。
以前にオブリさん達のエルフ村へ行った時にキャンプ場を少し空けたが、その時以来のことになる。
「一週間もここの酒が飲めなくなるのは身体に悪いな」
「まったくであるな。身体が持ってくれるか心配だ」
「……いや、むしろそっちのほうが身体に良いだろ。たまには酒を断って身体を休めたほうがいいんじゃないか?」
ダルガもアーロさんも何を言っているんだか。
でも言われてみるとドワーフの大親方達はキャンプ場の営業を始めて以来、毎週キャンプ場に来てくれていたから、1週間キャンプ場で提供しているお酒を飲まないのは初めてのことになるのか。
「ドワーフに酒が断てるものではないぞ。ワシらは幼き頃から酒と共に生きているからな」
そういえばセオドさんの言う通り、ドワーフは子供のころから酒を飲まされて鍛えられているんだったよな。……元の世界だと間違いなく幼児虐待になるけど。
「本当に妾の背に乗っていかなくて良いのか? 妾の速さなら一瞬で海の街まで到着するのじゃぞ」
「ああ。ありがたい話だけれど、今回は馬車の移動を含めたのんびりとした旅をしたいからな」
今日は週末なので古代竜のサンドラもキャンプ場に来ている。今はアリエスとアルジャがキャンプ場にいたお客さんを馬車で街まで運んでいるところだ。
2人が街から帰ってきたら、用意してある荷物を載せて、目的地である海の街へ向けて出発する予定だ。
ここには馬車に乗らなかったダルガ達とサンドラがいる。チェックアウトの時間と一緒に俺達も出発する予定だ。
「むう……」
「馬車を使って行くには遠い場所なんかに行くときにはぜひサンドラにお願いしたいな。その時はちゃんと報酬も出すから頼んでもいいか?」
「うむ! その時は妾に任せるのじゃ!」
ドヤッっと無い胸を張る幼女姿のサンドラ。相変わらずこの寂しがり屋さんは頼られると嬉しいようだ。
巨大なドラゴンの姿のサンドラの背に乗らせてもらうことにとても興味はあるが、今回はアウルクのアリエスが加わって、従業員だけの社員旅行となる。サンドラの背に乗せてもらうのはまた今度の機会にお願いするとしよう。
……多分オブリさんも興味があるだろうから、その際には声をかけてみるとするかな。
「ああ、よろしく頼むな。今回はクラーケンの干物もたくさん作っておいたし、しばらくは持つだろ」
「う~む、1週間以上空くとなると持たない気もするがのう……」
「まあ1週間くらい我慢してくれ」
週末キャンプ場に来てくれるサンドラにはいつもその週の余った食材を全部使っていろいろな料理を作って持たせている。それに加えて今日は先週にサンドラからもらったクラーケンを干して作ったスルメクラーケンを大量に持たせてある。
クラーケンを数日間干しておくだけだが、あの巨大なクラーケンを捌くのには多少時間がかかった。完全に水分を除いたスルメクラーケンは一夜干しとはこれまた変わった味と風味でおいしいんだよな。当然ながら酒のつまみにも最適だ。
今週出したクラーケンを使ったシーフード焼きそばの特別料理も、キャンプ場にやってきてくれたお客さん達にとても喜んでもらえたぞ。
「ブルルルル」
「ユウスケさん、お待たせしました」
アリエスとアルジャが帰ってきたようだ。さて、荷物を積んだら俺達も出発するとしよう。
「いい景色だなあ~」
「そう言っていられるのも、たぶん今のうちだけですよ」
「ああ、すぐ変わらない景色に飽きてくると思うぞ」
ソニアだけでなく、ウドにまで言われた。まあ、俺はキャンプ場と街までの道以外はエルフ村に行く時と、キャンプ場の候補地を探すときに移動した場所以外には行ったことがないからな。
新しい道というものは平凡な道であっても新鮮な光景である。
「私もこの辺りの場所から離れるのは初めてなので、とっても楽しみです!」
どうやらサリアもこの辺りから離れて旅行に行くのは初めてのようだ。ちなみに今回社員全員で旅行に行くことはオブリさんとサリアの両親に伝えて、ちゃんと許可を取っている。
「やっぱり行ったことのない場所に行くのは楽しみだよな」
特に俺なんて異世界からやってきたのに、本当に狭い範囲でしか行動していなかったよな。まあ、スローライフを望んでいたわけだから、当然と言えば当然なんだけど。
これから向かう先のヴィオの街は海に接している港がある街だ。先日サンドラからクラーケンをもらって食べたことによって、海鮮系の食べ物が食べたくなった。
他のみんなにも確認してみたが、特に反対意見も別の街に行きたいという意見もなかったので、初めてキャンプ場を1週間休みにして、従業員全員で旅行することを決めたのだ。
この世界に来てから初めて行く旅行。当然今からとても楽しみである。
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