第216話 面倒ごと
「いや、それにしても良い話が聞けた。忙しい時間を割いてここまで来た甲斐があったというものだ。もちろんこのキャンプ場という場所の料理やお酒も素晴らしいものだったよ」
第一王子としての忙しい時間を割いてまで、妹に親しい男がいないかを見に来る兄が、この国の第一王子で本当に大丈夫なのだろうか……
それにしてもエリザさんはレクサム様がこれほどのシスコンであることは知っているのかな? さすがにこれが普通の兄妹愛ではないことは分かるだろうし、レクサム様もエリザさんの前では普通にしているのかもしれない。
いやまあ、エリザさんを気にしすぎていること以外はとても立派な人だったし、まともな性格をしていたから大丈夫なのだろう。だが、それとは別にレクサム様に言っておかなければいけないことがある。
「お褒めにあずかり恐縮です。今回はレクサム様がエリザさんの兄であって、エリザさんのことをとても心配しているようでしたからお話しましたが、エリザさんはこのキャンプ場の大事なお客様で、個人のプライベートもありますから、今後はこのようなご質問には答えられませんのでご了承ください」
今回は本当に妹のエリザさんを心配していたし、本当に仲良くしている男性がいなかったから話したが、今後はそういった男性ができるかもしれない。その場合には俺から告げ口するつもりはない。
「……むむ、できればユウスケ殿には定期的に妹の様子を教えてほしかったのだがな。報酬を渡すのでお願いできないだろうか?」
たとえお金をもらえたとしても、そんなスパイみたいな真似はできないぞ。
「いえ、こればかりはエリザさんやこのキャンプ場に来てくれているお客様のプライベートなことなのでお断りさせていただきます」
「それは残念であるな……」
先ほど俺が国に仕えるのを断った時よりもガッカリしているように見えた。……改めて言うけれど、この国の第一王子としてそれは大丈夫なのか?
「ですが、エリザさんはこのキャンプ場の大事なお客様です。明かに不審なお客様がいた場合にはこちらでも多少は気にしておきますので」
「おお、それはありがたい!」
これについてはエリザさんだけを特別視しているわけではなく、このキャンプ場に来てくれているお客さんのために常に気を付けていることだ。まあ大抵のことならこの結界のおかげで大丈夫ではあると思うが念のためだな。幸い今のところそういった不審なお客さんは来ていない。
「昔から妹は美しくて、大勢の男どもが集まってくるのだ。ひょっとしたらユウスケ殿も内心ではアンリーザに惚れていたりするのではないか?」
「いえいえ、さすがに俺がエリザさんに惚れているなんてことはないですよ」
「……ほう、つまりそれは私の妹であるアンリーザが魅力的ではないということかな?」
あっ、やべ!
よくわからんが、シスコンにとっては何かよろしくないことを言ってしまったらしい。先ほどまであれほど友好的に話していたはずのレクサム様の眼が鋭く光る。これは返答を間違えたら詰むやつだ!
俺知ってる、ここでエリザさんをベタ褒めしてしまうと、不貞の輩として処罰されてしまうし、魅力的でないなんて言ってしまった日にはこのキャンプ場と国とのバトル編に突入して詰むやつだ。ならば、俺はこう返すしかない!
「とんでもない! まだお会いしたばかりですが、エリザさんはとても聡明で優しいだけでなく、美しくて魅力的な女性であることはすぐにわかりました。ですが私とは歳がひと回り離れておりますし、何よりも身分がかけ離れています! あまりにも分不相応な高嶺の花であると分かれば、邪魔はせずにその行く末を見守りたくなるものなのですよ」
「おお、そういうことであったか! それならば、納得である。アンリーザの隣に立って見劣りしない男などこの世には存在しないからな!」
よし! エリザさんが魅力的な女性ということをアピールしつつ、歳の差と身分の差を理由に俺が諦めたという形にすれば、さすがにシスコンの向こうも納得してくれるという俺の思惑通りだった。
……しかし、一度この人の目を通してエリザさんを見てみたい気もする。さすがに存在しないは言いすぎだろ。
確かにエリザさんはとても優しくて綺麗な女性だし、とても魅力的であるという話は嘘ではない。もちろん、その豊満な胸も魅力的な要素のひとつではあるが、そんなことを口走ってしまった瞬間に即戦争になるから絶対に言えないけれど……
というかあんなに魅力的な女性がまだ未婚であるという件については、病弱というよりもこの人が原因な気もする……
「いや、ユウスケ殿は分かっておられるな! よし、それではこのままアンリーザの魅力について語り合おうではないか!」
「………………」
おっと、それはさすがに想定外だぞ!? とりあえず回答的には問題なかったようだが、別の問題が発生してしまった!
極度のシスコンであるレクサム様とそんな話を始めてしまえば、間違いなく長時間拘束されてしまう。かといって国の第一王子様の話を断るなんてことは難しそうだし……
「レクサム様、そろそろこちらを出なければならないお時間です」
そこにクラスタさんからの助け船が現れた。
「むっ……もうそんな時間か。この後の予定はずらすことができないのだったな。ユウスケ殿、とても残念だが今日はこの辺りで失礼させてもらうとしよう」
よかった、どうやらエリザさんの話を延々と聞かなければならないルートは回避できたようだ。クラスタさん、グッジョブ!
「あまり時間が取れず、次に来られるのはしばらく先になりそうではあるが、その際は酒でも飲みながらアンリーザの魅力について共に語ろうではないか!」
「……はい、お待ちしております」
さすがにもう来るなと言うことなんてできなかったので、はいと答えるしか選択の余地はなかった。
こうして第一王子であるレクサム様の訪問は無事に終わったわけだが、それとは別の頭を悩ます面倒ごとがひとつ増えてしまった……
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