第207話 パイのお裾分け


 羨ましそうにこちらを見ている他のお客さん達のもとへ、従業員で手分けをして焼き立てのパイを持っていく。


 俺が持ってきたのはキャンプ場の常連さんの3人組の冒険者パーティだ。


「こちらはあちらのお客様からのおすそわけです。甘いお菓子なので、もしよろしければおひとついかがですか?」


「えっ、あの貴族さんから!? 本当にいいのか?」


「ええ。お代も必要ないですよ」


「マジで! 実はすごくいい匂いがして羨ましいと思っていたんだよな!」


「ええ! 貴族っていつも偉そうにしているだけだと思ったけれど、貴族にもいい人はいるのね!」


 まあ実際には貴族じゃなくて王女様だったりするんだけれどな。


「うお、うまっ!」


「なにこれ! サクサクとして甘くって本当においしいわ!」


「こっちのには黒くて甘いソースが入っているぞ!」


「ねえねえ、私のと一口交換してよ!」


「ああ、みんなで一口ずつ分けようぜ!」


 どうやらこの冒険者パーティも満足してくれたらしい。パン窯で焼き立てのサクサクのパイ生地に甘い果物やチョコレートなどが加われば贅沢なお菓子に早変わりだ。甘いもの自体が少ない世界だから、街でもめったに食べられるものではないだろう。


「いやあ、本当にうまいよ!」


「ああ、あとでお礼を言わないとな!」


「ええ、ぜひお礼を伝えてあげてください。もしかしたら貴族の方には直接お伝え出来ないかもしれないですけれど、このパイ自体はあちらの女騎士団の方達が作ってくれましたので」


 エリザさん達もこのキャンプ場の結界については多少信頼してくれるようになったが、護衛であるベレーさん達は他のキャンプ場のお客さんを近付けさせない気もするから一応な。


「そういえばさっきはみんなで楽しそうに料理してたわね」


「その時はその時だろ。それにどちらかと言えば、あの女騎士団の人達とお近づきになりたい気もする……」


「俺も俺も! あの女騎士団の人達って、超美人ばっかじゃん! これを機会にお近づきになりたい!」


「まったく、これだから男ってやつは……」


 ……すみません、俺も最初はそんなことを思ってたりしていました。


 だってベレーさん達の部隊って全員美人なんだもん。男として美人の女騎士団とお近づきになりたいと思うのは仕方のないことなのである。


「まあ、あちらの貴族の方はとても優しい人ですけれど、結構偉い人なのであんまり失礼なことをしたら駄目ですよ」


「お、おう! 気を付けるよ!」


「……馬鹿なことをしたらすぐに引っ張っていくからね」


 3人パーティの中の男性が別の女性達に鼻の下を伸ばしているのを見たら不機嫌になるのも無理はないよな。


 もちろんエリザさんもとても綺麗な女性でその大きな胸部も魅力的なのだが、やはり貴族だと思われていると普通の冒険者からはアプローチしにくくなるのかな。


「はは……それではごゆっくりどうぞ」


 そんな感じでキャンプ場のお客さん達にみんなで作った焼き立てのパイを配っていったが、キャンプ場に来ていたお客さん達もアツアツのおいしいパイに満足してくれたみたいだ。


 みんなエリザさん達にお礼を伝えていたが、ちゃんとエリザさん本人がお礼を受けていたな。何人かのお客さんが驚いたような顔をしていたのは、きっとエリザさんを第三王女様ではないかと察していたのかもしれない。


 まあみんなそのあとエリザさんの名前を聞いたあとに頭を振っていたから、本物の王女様が街から離れたこんな場所にいるわけがないと思ったのだろう。


 ぶっちゃけ俺も最初はエリザさんが第三王女様だなんてまったく知らなかった。療養目的で温泉に来ていると聞いていなかったら、とてもではないが信じられなかったもんな。


 とはいえこうやってみんなで作った料理を他のお客さんと一緒に食べるのもいいものだ。エリザさん達もこのキャンプ場の他のお客さん達と普通に接してくれるようになればいいと思う。






◆ ◇ ◆


「そんなわけで先日他のお客さん達と作ってみた3種類のパイです。ソニアの収納魔法で保存しておいてもらったから焼き立てでおいしいですよ」


 今日はエルフ村のみんなとランドさん達がキャンプ場に来ている。オブリさん達にはエルフ村でいろいろとお世話になったし、パン窯の使い方も教えてもらったから、余分にパイを作って保存しておいた。


「ほう、確かにこれはうまいのう! パン窯ではこんな菓子も作れるのか」


「ユウスケさん、甘くてとってもおいしいですよ!」


「うおっ! こいつはサクサクとしていてうめえな!」


 食後のデザートとして出したのだが、どうやら気に入ってくれたようでなによりだ。


「レシピも用意してあるので、ぜひ試してみてください。まだ作ったことはないですけれど、チーズ入りのパイなんかもおいしそうですよ」


「これはありがたいのう。ユウスケ殿にはいつもいろいろと教えてもらって感謝しておる」


「お互い様ですよ。馬車のほうもオブリさん達に作ってもらった魔道具のおかげで、予想以上の馬車になりましたから」


 予想以上どころか、斜め上のそのまた上を超えていったんだけどね。


 ちなみにオブリさん達には馬車に使った魔道具の材料費をちゃんと渡した。やはり材料費だけでもかなりの金額になってしまったので、変異種の素材を売ったお金もほとんどなくなってしまったな。まあまた借金にならなかっただけ良しとしよう。

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