第206話 3種のパイ
「まあ、とってもおいしそうですね!」
先ほどまで少女コミックを読んでいたエリザさんもやってきている。焼き立てのパンもいい香りであったが、焼き立てのパイもとてもいい香りである。さすがにこの香りには抗いがたいのか、他のキャンプ場のお客さん達も様子を見に来ているようだ。
「これは楽しみですね。ユウスケ、早く食べましょう!」
そして当然と言うべきかソニア達もやってきている。キャンプ場の管理棟にはウドとアルジャに残ってもらっているから、あとで焼き立てのパイを持っていってあげるとしよう。
「それじゃあ、アップルパイとパンプキンパイは切り分けてと……」
焼き上がったアップルパイとパンプキンパイをパン窯から取り出して、ザクッザクッとパイをカットしていく。
おお、初めての割にちゃんとしたパイになっているな。パイ生地を何層も折り重ねて、苦労して作った甲斐があったみたいだ。
「よし、それじゃあ食べてみよう。焼き立てで熱いから気を付けて食べてくださいね」
「それでは、まずは私から試させていただきます」
女騎士団長のベレーさんが手を挙げる。最近ではこちらを信用してくれて、キャンプ場では毒見をしないようになった。今回は毒見というわけではなく、味見という意味だろう。
さすがに自分達が作ったお菓子の味も確かめずに、自分の主人に食べさせるわけにはいかないだろうからな。
「隊長、私達はこちらを試してみます!」
「ああ、任せるぞ」
アップルパイとチョコレートパイのほうは別の女騎士さんが試してみるようだ。せっかくなら味見はみんなに任せるとしよう。
「……うむ、このサクサクとした食感の生地が甘みのあるかぼちゃのペーストと合わさって、とてもおいしいな! あのケーキという菓子もとてもおいしいのだが、温かいこのパイという菓子も本当においしいぞ!」
「うわあ~! 隊長、こっちの果物のパイもすごいですう! 柔らかく煮込まれた果物の甘さとサクサクとしたパイの味が絶妙ですう!」
「隊長! こっちの黒いペーストが入ったパイもとってもおいしいです。色は黒いですが、とても甘くて少しほろ苦くてたまりません!」
女騎士のみんながおいしそうにパイを試食していく。女騎士がおいしそうに食べている姿ってなんかいいよね!
自分たちの手で時間をかけて苦労して作ったパイだ。普通に食べるよりもよっぽどおいしく感じるだろう。たとえ失敗していたとしても、それはそれでとてもいい経験になるからな。
「よし、それじゃあ俺達もいただくとしよう!」
みんながおいしそうに試食をしている姿を見ていると、もう俺のほうも限界だ。
普段は俺やイドが試食しているのをあんなにおいしそうに見つめているソニア達の気持ちも少しわかった。そりゃ目の前であんなにおいしそうに食べられたら、今すぐ食べたくなるに決まっている。
「うん、これはうまい!」
俺が食べたのはアップルパイだ。サクサクとした香ばしく何層にも重なったパイ生地の上に、ジュクジュクに柔らかくなったリンゴの甘い味と香りが口の中一杯に広がっていく。
パイが焼き立てということもあるのと、パイ生地を一から作ったということもあって、元の世界で食べたことがあるアップルパイよりもおいしく感じる。
「ユウスケさん、こっちのパンプキンパイもとてもおいしいです! すごいですね、野菜なのにこんなに甘いなんて!」
「俺の故郷だと、野菜だけどいろんなお菓子に使われていたりするんだ。今度いろいろと試してみるかな」
イドも自分で作ったパンプキンパイを楽しんでいるようだ。こっちの世界ではかぼちゃは炒め物や煮物なんかに使われているが、お菓子には使われていないらしい。今度かぼちゃのスイートポテトやかぼちゃプリンとかを作ってみるかな。
「ふわあ~温かいチョコレートもおいしいんですね。前に食べたチョコフォンデュみたいです!」
サリアが食べているのはチョコレートパイである。小さめのパイを一口食べると、中からは溶けた温かいチョコレートが溢れてくる。
いつもチョコレートは固いまま食べているが、温めて溶けたチョコレートがサクサクとしたパイ生地と合ってたまらないな。溶けたチョコレートがこぼれてしまうから、小さめのパイにチョコレートを包んで焼いている。
「ユウスケさん、どれもとってもおいしいです!」
「エリザさんも気に入ってくれたみたいでよかったです。こっちのチョコレートパイは無理ですけれど、他のふたつのパイはオーブンがあれば作れると思うので、ぜひ試してみてください」
「はい! 屋敷でもこんなにおいしいお菓子が食べられるなんて最高ですわ!」
「他の果物なんかでもおいしいので、いろんな味を試してみてもいいと思いますよ」
「……なるほど、生地を何度も折り返すことによって、何層もの薄い生地を焼くとこのサクサクとした食感になるのですね。甘い菓子にも合いますが、他の料理にもいろいろと応用できそうですな」
「ええ、魚や野菜をパイ生地に包んでもおいしいですよ」
執事のルパートさんは普段料理を作っているらしいから、パイ生地にもいろいろと興味があるのだろう。
「ユウスケさん。もしよろしければ、キャンプ場に来ていらっしゃる他のお客様におひとつずつ差し上げてもよろしいでしょうか?」
「ええ、ちょうど俺も同じことをお願いしようと思っていたところです」
おいしそうなパイの香りに誘われて、他のお客さんがチラチラとこちらのほうを見てくる。気持ちは痛いほどわかる。
エリザさんは王族であるのに、他のみんなにお裾分けする優しさを持っているようだ。こういう時に分け与える心を持っていることって大事だよな。
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