第196話 変異種の牙の短刀


「それにしても相変わらず大親方達は仕事が早いな」


「ええ。あの大きなアリエスの厩舎をたった数時間で建てた時はさすがに驚きましたね」


 ソニアの言う通り、木材を用意していたとはいえ、あれだけ立派な厩舎をあの短時間で建てたのは本当にすごかった。


 そして昨日お弟子さんから連絡があったのだが、馬車やアルジャの短剣が完成したらしい。今日は街に行って買い物をするついでにそれらを受取りに行く予定だ。


「ブルルル!」


「街に行くのは楽しみだって言っているニャ!」


「アウルクも馬と一緒で普通に街に入れるはずです」

 

「大人しくしていれば街に入っても問題ないらしいからな。あんまりはしゃぎすぎないように気を付けるんだぞ」


「ブルルル」


 今回は俺とソニアとアルエちゃんとアルジャと一緒に街へ向かっている。


 大親方達から馬車と短剣を受取るから、アリエスの言葉が分かるアルエちゃんと、短剣の調整が必要になるかもしれないアルジャが同行してくれている。




「ブルルル!」


「人がいっぱいいて驚くだろ。とりあえず先に買い物に行くとしよう。そういえばアリエスも何かほしい物があったら声を掛けてくれよ」


「ブルルル」


 街の中にはアリエスと一緒に問題なく入ることができた。アーロさんの工房に行く前に先に買い物をすませておくとしよう。




 買い物を終えてアーロさんの工房へとやってきた。結局アリエスがほしいものは市場では見つからなかったな。またほしい物があれば買ってあげるとしよう。


「おお~ダルガの工房も大きかったけれど、アーロさんの工房もかなり大きいな」


「この街では御三方とも、鍛冶師としてとても有名ですからね」


 いつもキャンプ場ではお酒を飲み、料理を食べて将棋をしているだけに見えるが、3人とも元は有名な鍛冶師の親方なんだよな。


 目の前にあるアーロさんの工房はこの前見たダルガ工房と同じくらい大きな工房だった。アリエスの馬車とアルジャの短剣はここで作っていたらしい。


「おお、ユウスケ。こっちじゃ、こっちじゃ!」


 中に入って受付の人にアーロさん達の居場所を聞こうとしたところ、工房の中にいたダルガに呼び止められた。どうやら俺が頼んだものはアーロさんの工房の裏で作っていたらしい。


「ユウスケ殿、すまんな。なにぶん引退した身だから、工房の裏を借りておったのだ」


「こちらこそ、こんなに早くお願いしたものを作ってくれてありがとうございました」


 工房の裏に行くと、アーロさんやセオドさんやいつもキャンプ場に来てくれているお弟子さん達も一緒にいた。


「さて、まずはアルジャ殿の短刀からであるな。こいつは例の変異種の牙を研いで鍛えあげたものだ。もとにした素材が良いから、なかなか良いものができたと思うぞ」


「こ、これはなんと見事な!」


 アルジャがアーロさんから受け取った刀はイノシシ型変異種の真っ黒な牙からできた漆黒の短刀であった。牙から作る刀とはどんなものになるのかと思っていたが、黒い刀身をした斬れ味のよさそうな短刀に見える。


「これは素晴らしい刀ですね。一級のAランク冒険者がもつ武器と同等かそれ以上のものと見ます」


「………………」


 どうやらこの短刀のすごさが分かっていないのは俺だけのようだ。普段戦闘なんかしないから武器の良し悪しなんてわからんよ。


「ふむ、ソニア殿にもそう言ってもらえると心強いのう。アルジャ殿、持ち手部分の調整をするので、試し斬りをしてみてくれんか?」


「はい、もちろんです」


 お弟子さん達が丸太を何本か持ってきてアルジャの前に置いた。結構太い丸太だけれど、小型の短刀であんなものを斬れるのだろうか。普通なら刃こぼれしたり、刃が曲がってしまいそうなところだ。


 アルジャが変異種の短刀で軽く素振りをしている。アルジャも元Bランク冒険者だったこともあって、その軽い素振りですら、俺にはまともに目で追うことができない。


 シュッ、シュッ


「……素晴らしい斬れ味ですね。これほどの大きさの丸太がまるで手ごたえなく両断できました」


 アルジャが消えたと思ったら、立ててあった丸太が一瞬で両断されていた。それも一本の丸太を真っ二つに両断するのではなく、1本の丸太が4つに斬れていた。


「ふむ、見事な腕前であるな」


「いえ、アーロさんが鍛えてくれたこの短刀の斬れ味が凄まじいだけです。やはり私には不釣り合いな気が……」


「なあに、ワシが見る限り、アルジャ殿にその資格は十分にあるぞ。これだけできれば十分すぎるわい」


「あ、ありがとうございます! この刀に恥じぬよう、精進を続けていきます」


「うむ。じゃが所詮武器は武器だからのう。どうしたって折れるものは折れるし、刃こぼれしたり曲がるのも仕方のないことだ。あんまり気負うものでもないぞ」


「はい!」


 どうやら武器の性能的にもアルジャの腕的にも問題がないようでなによりだ。


「それでは握り心地や細かい調整をするとしよう。ダルガ、セオド、馬車のほうの説明は任せたぞ」


「おう、任せておけ。それじゃあユウスケ、馬車はこっちにあるぞ」

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