第186話 大きな魔物


 エルフ村からキャンプ場への帰り道、森の中を従業員みんなで歩いていると、先頭を進むソニアがみんなを止めた。どうやらこの先に何かいるらしい。


「……大きな魔物のようです。気配は1匹のようですが、各自注意してください!」


 ソニアの言葉に緊張が走る。ソニアは弓を構え、少し離れた場所でウドとアルジャが武器を構えて警戒する。俺もキャンプ場へ固定している結界の能力を即座にここへと展開できるように準備をした。


 ガサッガサッ


 この先に何かがいる。森の木々の隙間からその姿の一部が見えてきた。確かにその大きさは俺よりも少し大きいように見える。そしてその姿がゆっくりと現れる。


「ブルルルルルッ」


 現れたのは4足歩行する大きな魔物であった。その大きさは俺よりも大きく、2m近くある。群青色の毛並みをしており、顔は牛と馬の中間のようだが、その額には一本の角が生えていた。


「……こいつでしたか」


「ちょっ!? ソニア、弓を下ろして大丈夫なの?」


 ソニアが魔物の前で、持っていた弓を下ろして戦闘態勢を解いていく。


「安心してください。この魔物はアウルクと言って、とても大人しい性格をしており、人に危害を加えることはありません」


 そう言いながらソニアがアウルクという魔物にゆっくりと近付いていくが、まったく逃げる様子がない。それどころか手を触れると、もっと触ってほしいとでも言うように気持ちよさそうにしている。


「とても人懐っこいので、小さいうちはペットとして扱う者もおります。こちらから襲おうとでもしない限りは何もしてきませんよ」


「……それにしても人懐っこ過ぎないか? こんな森の中で人に出会ったら、一目散に逃げそうなものなのに」


 どう見ても野生動物の危機感らしきものがまったくないぞ。


「アウルクの肉は臭くてとても食べられたものではありませんし、毛皮や骨も素材としてまったく価値がないのです。解体して街まで運ぶ労力のほうが大きいので、誰も狩ろうとはしません。他の肉食の魔物もわざわざ襲ったりはしないのです」


 おう……そんな魔物もいるのか。ここからはそれほど臭いは気にならないが、死んだら臭気を出す魔物なのかもしれない。それにしてもまったく価値がないと言われていて、少しだけ可哀想な気もする……


「害はないですし、普通に撫でている分には可愛いですよ。ユウスケも撫でてみたらどうです?」


「……危険じゃないなら試してみようかな」


 そういえばこの世界に来て、まともに魔物に触れるのは初めてか。いつも襲われそうになったり、食材や素材にするためソニアが倒してくれたことしかないもんな。


「ブルルル」


 俺がゆっくりと近付いていても、本当に逃げ出そうとしない。


「あ、モフモフして気持ちいい毛並みをしているな」


 アウルクの群青色の毛並みはツヤツヤとして見えたが、実際に触ってみると、モフモフとしたとても柔らかい毛並みだった。


「こんなに肌触りの良い毛並みをしているのに、素材にならないの?」


 いや、別にこのアウルクを倒して毛皮が欲しいというわけではないが、少し気になってしまった。


「ええ。アウルクは死ぬとかなりの異臭を放ちますからね。毛皮もすぐに固くなってしまうので、生きている間しかこの触り心地は味わえません」


 なるほど。本当にこの世界の魔物の生態はよくわからないな。

 

「僕も触ってみていいですか?」


「アルエも触ってみたいニャ!」


 イドもアルエちゃんもアウルクに触ってみたいようだ。やっぱり女の子は動物が好きなのかもしれない。


「ええ、大人しいので大丈夫ですよ。とはいえ身体が大きいので、十分注意して触ってくださいね」


「ブルルルル」


 さらにはサリアも混ざって女性陣に囲まれているアウルク。撫でられるのが気持ちいいのか、とてもアウルクも穏やかな表情をしている。


「なあ、アルジャ。結構大きな身体だし、もしかして馬車を引いたりできないかな?」


 街で売られていた馬を見てきたが、このアウルクよりも小さい馬ばかりだった。もしかしたら、このアウルクは馬の代わりにならないだろうか。


「確かにアウルクは馬の代わりに馬車を引くことも可能ですが、一から馬車を引くように教育するには時間がかかると思いますよ。街で乗馬や馬車を引くための馬はそのために教育されていますから」


「なるほど。確かに一から教育をするよりは、教育された馬を買うほうが早いか」


 アルジャのいう通り、街で販売されている馬は、多少は乗馬や馬車を引く教育をされているはずだ。


「それにキャンプ場にはオブリさんからいただいた魔道具がありますから、魔物はキャンプ場に入ることができないでしょうね」


「あっ、そういえばそうだった。すっかり忘れていたよ。どちらにしろ魔物をキャンプ場に入れるのは無理だったな」


 すっかりと忘れていたが、キャンプ場とキャンプ場から街への道までの間には、オブリさんからもらった魔物避けの魔道具が設置してある。このアウルクもキャンプ場に入ってくることはできない。サンドラみたいな強大な力を持つ者に効果はないようだがな。


 残念だが、このアウルクをキャンプ場で飼うことはできないようだ。

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