第174話【間話】とある獣人の1日②


「いらっしゃいませ、ようこそイーストビレッジキャンプ場へ!」


「おう、ソニアさん。また来たぜ!」


「2週間ぶりくらいか。今回は結構遠くまで行ってたからな」


「ランドもバーナルもお久しぶりですね。いつもありがとうございます。今日は泊まっていきますか?」


「ああ、今回は2人とも2泊分で頼むぜ。ほい、先払い分だ」


「ありがとうございます。それでは中へどうぞ」


「おう!」


 そう言うと、ひょいとふたり分のテーブルやイスやテントなどを軽々と持って、キャンプ場へ入っていくソニアさん。


 華奢な身体付きで、彼女のどこにそんな力があるのかと思えるが、彼女は俺達よりも上のランクであるAランク冒険者だ。


 黒妖の射手といえば、俺達冒険者の中でも弓矢の使い手として一二を争うほど有名だ。魔力を込めたその弓矢は岩をも穿ち、その弓矢の正確さといえば、嘘か本当か1km先からも目標を狙い撃つことができるらしい。


 そんな有名なAランク冒険者のソニアさんが、冒険者を休業して、街外れの宿泊施設で給仕として働いているだなんて、初めて聞いた時はなんの冗談かと思ったぜ。


 ソニアさんとは合同の依頼で何度か顔を合わせたことがあって、パーティメンバーとも飯を食いに行ったこともある。そういえばその関係で、初めてこのキャンプ場がオープンした時に声を掛けてもらって、このキャンプ場を知ったんだよな。




「どうぞ、メニューになります」


「ああ、まずはいつもの冷えたビールを2本ずつ頼む!」


「あのビールが飲みたくてたまらなかったんだよ! それと適当なツマミを3人分お任せで頼む」


「ビール4本とツマミをおまかせで3人分ですね。かしこまりました」


「それとこっちはちょうど依頼で狩ってきたホレイディアの肉だ。よかったらみんなで食べてくれ」


「これはありがとうございます。ユウスケ達も喜ぶと思いますよ。せっかくなので、こちらの肉でも何か作ってもらいますね」


「ああ、そりゃありがてえな。せっかくだから、残りは従業員のみんなや今日キャンプ場に来ているお客さんにも分けてあげてくれ」


「ええ、ありがとうございます」




「お待たせしました。まずはビールと簡単なおつまみです」


「お待たせしましたニャ!」


「おお、ユウスケさん、アルエちゃん。ありがとうな」


「相変わらず注文してから早くて助かるぜ。このビールがどれだけ恋しかったことか!」


「そうだろうと思って、最初のツマミはすでにできてあるやつにしたよ。あんな立派な鹿肉をありがとうな。今イドが調理してくれているからすぐに持ってくるよ。残りは他のお客さん達や従業員のみんなでありがたくいただくとするよ」


「ランドさん、バーナルさん、ありがとうございますニャ!」


「おうアルエちゃんもいっぱい食べてくれよ」


「それじゃあ、ごゆっくりどうぞ!」


「ああ、楽しませてもらうぜ!」


 そう言うとユウスケさんとアルエちゃんは管理棟へと戻っていった。俺達が一刻も早くこのビールを味わいたいことを分かって、すぐに酒とツマミを持ってきてくれたらしい。相変わらずそういう気遣いがありがてえんだよな。


「そんじゃあ、早速いただくとするか!」


「ああ、待ちきれなかったぜ!」


 プシッ


 キンキンに冷やされた缶に入っているビールの蓋を開ける。この缶というものは上にあるツマミを上に引き上げると蓋が開く仕組みになっている。


「「乾杯!」」


 カンッ


 ゴクゴクゴク


「ぷはあ! かあ〜これだよこれ!」


「ああ〜喉に染み渡るぜ!」


 この2週間の疲れが一気に吹き飛ぶような感覚だ。苦味があるはずの酒のくせに雑味がなく、喉越しが爽やかで軽やかな麦の味わいを感じられる。スッキリとしていて飲み終わったあとも口当たりが優しい。


 それにキンキンに冷えた酒がこんなに美味いなんて思いもよらなかったぜ。一度このビールの味をしってしまうと、もう元の酒の味に戻れないのが唯一の欠点といったところだな。


「いやあ、この一杯のために依頼をこなしているって感じがするよな!」


「ああ、ダルガ達も言っていたが、もうこの酒なしの人生なんて考えられねえよな!」


 おっと、もう一本飲み干してしまった。これだけゴクゴクと飲めるが、酒精は見た目よりも強いから気をつけなくちゃいけねえんだ。……辛いことにこのキャンプ場では5本までしか飲めねえんだよな。




「お待たせ。ホレイディアのローストと赤ワイン煮込み。それとバーベキュー用に薄く切っておいたから、いつものようにタレで食べてみてくれ」


「こりゃすごいな! もうこんなにたくさん作ったのか?」


「みんなで手分けして作っているからな。あと燻製はもう少し時間が掛かるから、またあとで持ってくるよ」


「ありがてえ。この赤ワインの煮込みってのは酒のワインか?」


「ああ。赤ワインで煮込むと肉が柔らかくなるんだ。鹿肉は赤身が多くて臭みも少ないから、赤ワインで煮込んでもうまいんだよ」


「おお、そりゃ楽しみだ!」


「俺達じゃこうは料理できねえからな。土産に肉を持ってきて正解だったぜ!」


「俺達も珍しい鹿の肉が食べれてありがたいな。こっちの鹿のローストと赤ワインの煮込みは、今日キャンプ場に来ているお客さんにもお裾分けさせてもらうよ」


「おう、任せるぜ!」




「いやあ、相変わらずここの飯や酒は最高だな!」


「ああ。あとは5本の制限さえなきゃ最高なんだけどな」


「まあこればっかりは仕方がねえよ。飯も食ってゆっくりとしたし、またフリスビーやバドミントンでもするか?」


「そうだな、ちっと運動でもするか。あるいは釣りでもいいな」


「そしたら今日は運動して、明日はのんびりと釣りでもするか」


 このキャンプ場では身体を動かす遊具などや川で釣りをするための道具を貸し出している。夕方になって腹が減るまではのんびりとするか。


「ランド殿、バーナル殿、久しぶりじゃな」


「ランドさん、バーナルさん、こんにちは」


「おお、オブリのじーさんにアルベさん」


「しばらくぶりだな」


「うまい肉のお裾分け感謝するわい」


「ローストも赤ワインの煮込みもとても美味しかったです!」


「まあ俺達は肉を渡しただけで、うまいのはユウスケさん達のおかげだからな」


「こちらこそ、この前もらったチーズはうまかったぞ。このキャンプ場で出しているチーズとは違った味でうまかったな」


 この前もらったチーズはオブリのじーさん達の村で作ったチーズらしい。このキャンプ場で出しているチーズとは一味違ってうまかった。


「それは良かったのう。ようやくワシらの村でも納得のいくチーズの味が出せるようになったわい。そうじゃ、ランド殿とバーナル殿にひとつお願いがあるんじゃがのう」


「んっ、なんだ?」


「実はユウスケ殿に許可をもらい、ここの訓練場を改良して動く人形をダルガ殿達と作ってみたんじゃ。ふたりにぜひ試してもらいたくてのう」


「へえ〜そりゃすげえ! ちょうど腹ごなしに運動しようと思っていたところだ!」


「ああ、面白そうだな。ぜひ試させてくれ!」


「ありがたいわい」


 このキャンプ場にはオブリのじーさんや有名なドワーフの鍛冶職人、それどころか古代竜までやってくるくらいだからな。うまい飯や酒だけじゃなくて、本当に退屈しない場所だな。


 毎回来る度に新しい料理や酒や驚きがある。こんな場所をオープンした当初に教えてくれたソニアさんには感謝しかねえぜ。

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