第173話【間話】とある獣人の1日①


「よっしゃ、これでようやく依頼達成だな!」


「おう、ふたりとも無傷で倒せたようでなによりだな」


 目の前には全身が数mもある大きな鹿型の魔物であるホレイディアが倒れている。先程まで隣にいるパーティメンバーのバーナルと共に倒した相手だ。


「戦闘よりも、こいつを探し出すほうが大変だったかもしれねえな。村の作物を荒らすくせに、全然人前に姿を現さねえんだからむかつくぜ」


「見つけたら見つけたでいきなり襲いかかってくるんだから、危ねえやつだったぜ。村のみんなはこいつに手を出さずに、冒険者ギルドに依頼したのは正解だったようだな」


 今回の依頼内容は村の畑を荒らす魔物の討伐依頼だ。ホレイディアのオスはこいつのように角が大きくて、毎年何人か犠牲者が出ている獰猛な魔物だ。


 ランクはDランクの依頼だったが、村が少し離れているのと、報酬があまり良くないため、受注されずに残っていた依頼だ。


 Bランク冒険者の俺とバーナルなら油断しなければ、問題なく倒せる相手だし、倒した魔物の素材はこちらでもらえる。ちょうど明日からは数日休もうと話していたところだから、この依頼を受けることにした。


 何よりこのホレイディアの肉はなかなかうまいからな。明日キャンプ場に行くことだし、ユウスケさん達への良い土産にもなる。


「そんじゃあ、血抜きと解体をして、村のみんなに依頼達成を知らせるとするか」


「ああ、さっさと村のみんなを安心させるとしようぜ!」




「おお、冒険者様が戻ったぞ!」


「すげえ、あのバカでかい鹿をもう退治してくれたのか!」


「早く村長を呼んできてくれ!」


 解体したホレイディアを担ぎながら村へ戻ると、村の住民達が歓声と共に迎えてくれた。報酬の低い依頼であっても、こうやってみんなが喜んでくれると、こっちまで嬉しくなるってもんだぜ。


「無事に依頼は達成したぜ。こっちの依頼書に達成のサインを頼む」


「おお、まさかたった半日で依頼を達成してくださるとは思ってもおりませんでした。こやつには田畑を荒らされてほとほと困っておったのです。本当にありがとうございました!」


「遠くに馬鹿デカい鹿の魔物が見えたんだけれど、俺達だけじゃ手に負えなかったんだ。本当に感謝する!」


 村の村長や一緒にいた男達が俺とバーナルに向かって頭を下げる。持ってきた依頼書に依頼完了のサインを書いてもらった。これで無事に依頼は完了だ。


「おう、困った時はお互い様だから気にするな」


「それに冒険者ギルドを通して依頼料はちゃんともらっているからな」


「いえ、それでも依頼料が低いためか、依頼を受けてくれる冒険者様がおりませんでした。おふたりには本当に感謝しております」


 たとえDランクの魔物であっても、村人にとってはかなりの脅威だ。普通に猟をするのと魔物を狩るのではまったく違う。


「誰も怪我人がでなくてよかったぜ。それじゃあ、俺達は街に帰るとするか」


「もしよろしければ、この村に泊まっていかれてはいかがですかな。お礼に食事でもと思ったのですが……」


「すまねえが明日行きたい場所があるんだ。今からこの村を出れば今日中には街に帰れそうだからな」


「気持ちだけありがたくもらっておくぜ」


「左様でございますか。承知しました。またこの村の近くを通るようでしたら、おふたりにはできる限りのおもてなしをさせていただきますので、ぜひ村まで寄ってくだされ」


「ああ。そん時は遠慮なくこの村に寄らせてもらうぜ!」


 村の人達の誘いを断るのは少し悪いが、もう俺とバーナルの頭の中はあのキンキンに冷えたビールでいっぱいだ。依頼で疲れきった身体にあの冷えたビールが染み渡るんだよなあ。


 そして熱々の揚げ物料理や燻製した肉を食べてから、ビールでそいつらを流し込むと、最高に美味いんだ。


「そんじゃあ村長さん、今度来た時の代金の先払いっつーわけで、こいつを受け取ってくれ」


「こっ、これはホレイディアの角ではないですか!?」


「ああ、荷物にもなるからな。ぶっちゃけ俺達の目的はこいつの肉だから、他の素材はいらねえんだよ。おっと、冒険者ギルドには内緒にしておいてくれよな」


「だ、だけどこいつの角はかなり高価だって聞いたことがあるぜ! ほ、本当にいいのか?」


 あらかじめバーナルと話し合っていたが、この村はあまり裕福な村じゃねえみてえだ。このホレイディアの角はこの魔物の中でも一番価値のある部位だから、いい値段になる。


 思ったよりも大きな個体だったから、たぶん今回の依頼料の8割方は戻ってくるはずだ。俺もバーナルも元々はこういった田舎の村出身だから、どうしてもこういった田舎の村には甘くなっちまうんだよな。


「そん代わり、また来た時はうまい飯を期待しているぜ!」


「ありがとうございます! 本当に感謝いたします!」


「次にあんた達が来た時には、精一杯もてなすよ!」




「それでは本当にありがとうございました!」


「冒険者さん、ありがとう!」


「本当に助かりました!」


 村人達が集まって俺達を見送ってくれる。こういうのは小っ恥ずかしいが、悪い気はしねえんだよな。


「犬のお兄ちゃん、ありがとう!」


「こ、こら! すみません、息子が大変失礼なことを!」


「なあに、元気があっていいじゃねえか。ボウズ、何かあったら母ちゃんを守れるようなでっけえ男になれよ」


「うん! 僕も大きくなったら犬のお兄ちゃんみたいな格好いい冒険者になる!」


「おう、そりゃいいな。だけど、あんまり母ちゃんを心配させるなよ。まずは母ちゃんや大切な人達を守れる力をゆっくりと身に付けろ。冒険者云々はそのあとだぞ」


「うん、わかったよ!」


 柄にもなくカッコつけちまったな。俺が冒険者になったのも、大した報酬も受け取らずに村を救ってくれた冒険者に憧れたからだ。ようやく俺もあの時俺の村を救ってくれた冒険者に近付けたのかもしれねえな。

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