人間という不確定要素

 ルードリアが放った結論に、実は愕然がくぜんとするしかなかった。



『私という存在をにえにして、生まれ変わるがいい。』



 最期にレティルが告げた言葉は、そういう意味だったのか。



 運命から解き放たれるとは―――〝鍵〟どころか、そもそも人間という生き物のしがらみから切り離すということだったと?



 そんな極論が、まかり通っていいのか?



(どうして……)



 真っ白になった脳裏にぽつんと浮かぶのは、そんな一言だけ。



 それとほぼ同時に、これまで自分を支えてくれていた拓也が、椅子を蹴り飛ばして席を立った。



 拓也は憤怒に染まった表情でルードリアたちに近寄ると、ずっと無言を貫いているウォルノンドの胸ぐらに掴みかかる。



「言え! どうして、こんなことになるまで放っておいた!?」



 拓也が叫んだのは、今まさに自分が思ったことと同じ。



「そもそもおれは、ルティのことについては納得できねぇことだらけなんだよ!! 世界滅亡に至りかねない大災厄だ? んな危険なものなら、お前らでどうにかしやがれ!! 〝鍵〟の封印なんざ、こうなる前にどうとでもできたはずだろうが!!」



 激しい拓也の怒号。

 それを受けて、尚希もユーリも拓也と似たような不信感と怒りを向ける。



 対するエリオスとルードリアは、どこかやりきれない表情。



 それぞれの沈黙が空気を圧迫する中、ついにウォルノンドが口を開いた。



「―――できなかったのだよ。」



 その口から零れたのは、やはりいまひとつ感情を伴わない事務的な声。



 拓也が余計に顔を赤くする。



「そんなふざけた話で納得しろってか!?」

「仕方あるまい。口惜しいことに、事実なのだ。」



 ウォルノンドは小さく息をついた。



「あの大災厄の後、もちろん我々も事態の収束に努めた。しかし何をしても、事態の解決には至らなかったのだ。災厄を引き起こした人間を滅しようとしても、彼の身にかけられた守りが強固すぎて、肉体の破壊は不可能だった。」



「………」



 実はそれに、奥歯を噛む。



 チェイレイの人々やキリナミ、自分が束になっても傷一つつかなかったディライトの体。



 神の力を混ぜ込んでいる自分の魔法ですら、彼に歯が立たなかったのだ。



 ウォルノンドたちが手を尽くしてもディライトの肉体を破壊できなかったというのは、嘘じゃないと思えた。



 もしかしたら、傷がついた瞬間に創造の神の力で肉体を再生していたのかもしれない。

 だとするなら、確かにディライトが自身に施した守りは完璧と言えよう。



「ならばと〝鍵〟の封印を滅して創造の力を回収しようとしたが、こちらの封印も打破不可能でな。長い時間をかけて解析も試みたが、どのような仕組みで封印が成り立っているのか、それすらも分からなかった。」



「そんな……」



 実は思わず、ウォルノンドの話に口を挟む。



「封印なんて、あんな簡単に解けそうになってたのに……」



 大げさな呪文も、強力な破壊魔法も必要ない。



 もういいやって。

 人間も世界も消えてしまえばいいって。



 ただそう思うだけで、封印は簡単に緩んだ。



 そのせいで、自分はあんなにも苦しんだというのに……



「だからこそそれは、そなただけに許された特権なのであろう。故に我々は、〝鍵〟である人間が封印を解くのを待つしかなかったのだ。」



 実の呟きに、ウォルノンドはそう答えて顔をしかめる。



「我々としても、人間がここまで未知の可能性を持った生き物だとは想像もしていなかった。だから災厄の後は、われが許可を出さぬ限りは人間に触れてはならぬと、そういう禁忌まで作ったのだ。人間には、あまりにも不確定要素が多すぎる。」



 ウォルノンドのその言葉。



 それは、人間だけが世界の抑止力に縛られていないという、レティルが導き出した理論を認めるものに聞こえた。



「……おい。辻褄つじつまが合わねぇぞ。」



 その時、拓也が違和感を口にする。



「どこが封印は打破不可能だって? あのクソ邪神は、現に〝鍵〟の封印を破ったじゃねぇか。それに、あいつに別の神の力を使うなんてことが可能なのか?」



「!!」



 拓也の指摘に、エリオス、尚希、ユーリが目を見開く。

 ウォルノンドとルードリアは、そこで悩ましげに眉を寄せた。



「それが、我々にも分からぬのだ。これまでにレティルは何度も封印を滅しようと試みていたが、それが成功したことは一度としてなかった。レティルが創造の力を使えたことも、理屈に検討がつかない。」



「………」



 ウォルノンドたちの疑問に答えられる言葉がない拓也たちは、それぞれに思考を巡らせて黙り込む。



「―――俺だ……」



 その沈黙を破ったのは実だった。



「俺がやったんだ。……俺があいつのほころびを切って、あいつを抑止力から解放したから……」



 脳裏に様々な記憶が巡る。



 ディライトに力を渡すことで、創造の力は世界に正反対の破滅をもたらしかけた。



 レティルがあの災厄に着想を得ていたのだとしたら、桜理たちを人質に取ってまで自分を殺せと焚きつけてきた理由は、そこにあったのではないだろうか。



 自分が断ち切ったレティルの綻びの糸はいくつもあった。



 その中に〝終焉しゅうえんの神〟という縛りの綻びがあったところで、何もおかしなことはない。



 最期の短い間、レティルは抑止力から解放されて、人間と同じく自由な存在になれたのではないだろうか。



 だから、こんな馬鹿みたいな芸当ができた。



 そして、だから彼は……





『ありがとな。』





 幸せそうに笑って、自分にあんなことを言ったのではないだろうか……


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