実の身に起こっていた異変

「神の……おさ……」



 実は茫然と、ルードリアの言葉をなぞる。



 何故、そんな存在がここに…?

 というか、自分は何故ルードリアの家にいるのだろう。



 今さらのようにそう思ったが、その問いを口にすることはできなかった。



「ウォル。これ……どうする?」



 そんな些末さまつな疑問はどうでもいいと。

 ルードリアの険しい表情が、そう語っていたからだ。



「………」



 訊ねられたウォルノンドは無言。

 しかし、実を見つめる目だけは、考えを巡らせるようにせわしなく動いている。



「おい! 想定外の事態ってなんだ!? ルティは、どうなっちまったってんだよ!!」



 しびれを切らした拓也が怒鳴る。



 それに答えないウォルノンドとは対照的に、隣のルードリアがより一層目元を歪めた。



 何かを葛藤かっとうするように悩ましげだったルードリアは、やがて小さく息を吐く。



「隠したって意味ないね。」



 ぽつりと呟いたルードリアは、とある方向に目をやった。



「ユーリ君。」

「……え?」



 まさか、自分に話が振られるとは思っていなかったのだろう。



 完全に話を聞く姿勢だったユーリは、狼狽ろうばいのせいですぐには反応らしい反応を示せないようだった。



「前に言ってたね。ルティ君の魔力は、異なる力が織物のように編み込まれた色をしてるって。」



「は、はい……」



「じゃあ、今はどうだい?」



「今…?」



 ルードリアに言われて、ユーリはほぼ無意識で実に目をらす。



「………っ」



 すぐに、その目が驚愕で揺れた。



「―――完全に混ざってる…。前の色がなくなって、全然違う新しい色になってる……」



 ユーリが告げたのは、そんなこと。



「そう…。見たまんま、それが真実だ。」



 ルードリアは一度沈痛な面持ちで目をつぶり、次に努めて冷静な表情を繕って話し始めた。



「まず、ルティ君の魔力について解説をしよう。今までこの子が使えていた魔力は二つ。一つはもちろん、ルティ君本人の魔力。もう一つは、レティルがこの子に渡した終焉しゅうえんの神としての魔力だ。」



「………っ」



 レティルの名前が出て、どきりと心臓が跳ねる。

 ルードリアはそれに構わず、説明を続けた。



「ユーリ君がルティ君の魔力を織物のようだと表現したのは、まさに正しく的を射ているのさ。ルティ君の魔力を縦の糸、レティルの魔力を横の糸として、二つの魔力が編み込まれてできた魔力。それが、今までのルティ君が無意識で使っていた魔力だ。」



「なるほどね……」



 エリオスが、そんな相づちを打つ。

 他の皆も、ここまでは難なく理解できたようだ。



 そんな周囲の反応を確認して、ルードリアはまた口を開く。



「ルティ君個人の魔力も相当なのに、そこに神の魔力が合わさってくるんだ。馬鹿みたいに強力な力となった結果、ルティ君の肉体や魂は、内に包括する魔力に耐えきれずに壊れかけていたわけだけど……この段階なら、まだ救いようがある。複雑に絡み合っているとはいえ、二つの力はそれぞれが独立しているからね。糸をほどいて、レティルの力だけを分離することも可能だっただろう。」



「!?」



 そこで、全員の表情が変わった。



 



 ルードリアの言葉は、もう過去形。

 そしてそれを裏付けるのは、先ほどのユーリの発言。



「おい……嘘だろ……」

「まさか、今のルティの魔力は…っ」



 拓也とエリオスの震える声が、冗談であってくれと訴えている。

 実自身も、にわかにはその結論を信じられなかった。



 しかしルードリアは、けようもない現実を突きつけるしかない。



「今や二つの魔力は、完全に溶けて融合してしまっている。ルティ君からレティルの力を回収することは……おそらく、ほぼ不可能だと思う。」



「ちょっと待てよ!!」



 すぐに拓也が声を荒げた。



「魔力が溶け合うなんて、何があったらそんなことが起こるってんだ!? 普通に考えて、あのクソ邪神が消えたんなら、ルティに渡された神の力だって消えるのが道理じゃないのか!?」



「!?」



 拓也が放った言葉に、実は瞠目する。



「レティルが……消えた…?」



 ここで初めて知る、あの激闘の結末。



 では自分はあの時、レティルを成り立たせるほころびを絶ったのか…?

 彼が、そう望んだままに……



「―――そこに、レティルがこの子の封印を無理やり壊した狙いがあったんだ。」



 ルードリアは静かに告げた。



「前にルティ君を見たユーリ君は、もう一つキーになることを言っていたね。封印が解かれたことであふれた魔力が、ルティ君が持つ魔力に混ざっていってるって。」



「―――っ!!」



 その言葉に、ルードリアに噛みついた拓也が息を飲む。



「融合した魔力は……この二つだけじゃないんだ。」



 ルードリアの口から、次なる種明かしが始まる。



「ルティ君の魂に秘められていたのは、世界滅亡に至りかねない大災厄をもたらした人間の力の核。そこに宿っていた魔力もまた、人間と神の力の複合体だった。」



「なんだって…?」



 皆が不可解そうに眉を寄せる。

 その中―――



「………」



 実だけは、別の感情をたたえて黙り込んでいた。



 実際に見たのだから知っている。



 チェイレイの人間たちをほふったディライトは、確かに神の力を宿していた。

 つまりあの時の彼は、自分と同じような魔力を使っていたわけだ。



「ルティ君に授けられたのは終焉の力だけど、その人間に授けられた力はそれとは逆―――創造の力なんだ。」



「創造の力…?」



「そう。そして、この創造の力こそがレティルの狙いで、ルティ君を変えてしまった原因だろうと、僕はそう踏んでいる。」



「……どういうことだ。」



 低い声で拓也が詰問。

 ルードリアは一瞬だけ話すのを躊躇ためらったが、すぐに話を再開する。



「レティルは、ルティ君に授けた終焉の力を回収されたくなかった。だから、ルティ君を終焉の力の正当な持ち主にしたかったんだろうと思う。そのために……ルティ君の魂と力の核を作り替えたんだ。」



「作り替えた…?」



 拓也が一番気になる部分を繰り返すと、ルードリアは重たく頷いた。



「終焉の力を使い、ルティ君の魂に眠る封印を滅する。これは、レティルが真の目的を達するための下準備に過ぎない。」



 全員が固唾かたずを飲んで、ルードリアの言葉に耳を傾ける。



 ルードリアが語る、レティルの真の目的とは―――



「人間だったルティ君の魂と力の核を終焉の力で一度壊し、封印を滅したことで解放された創造の力を使い、壊したそれらを神のそれとして再構築する。……これが、レティルが本当にやりたかったことだと思う。」



 誰もが欠片かけらも想像していなかった、あまりにも大それたものだった。



「ルティ君が持っていた異なる魔力が融合したのは、創造の力が再生をもたらした結果だ。崩壊した魂と力の核が再生する過程で、今話した四つの魔力が融合して、一つの新しい魔力として変容してしまったんだ。まさかとは思ったけど……ルティ君がこうなってしまっては、これが真相だと言わざるを得ない。」



 言葉の途中からずっと下を向いていたルードリアの視線が、その時まっすぐに実をとらえた。



「レティルの目論みが成功したのか、それとも失敗したのか―――それは、ルティ君の目を見れば明らかだね。この世界を生きる人間に、金色の瞳は存在しない。」



「―――っ!?」



 全員の視線が実に集まる。

 痛いほどの視線の雨にさらされる実は、ただ顔を青くして震えるしかなかった。



「じゃあ、俺は……」



 それ以上は、言葉にならなかった。



 嫌だ。

 知りたくない。



 誰か、悪い夢だと言って……



 まだどうにでもなるって。

 そう笑い飛ばしてよ……



 切に願うも、現実はどこまでも残酷で―――



 深い憐憫れんびんがたたえられたルードリアの瞳が、そっとまぶたの裏に隠れる。

 そして彼は、切ない声でこう告げた。





「ルティ君。君はもう、人間ではなくて―――神に属する存在だ。」




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