第1章 変化と真実

神の長

 頭が揺れる。



 川の濁流に飲み込まれてしまったかのように、ただ押し流されていくことしかできない。



 しがみつきたい岸があるのに、そこにはもう―――手が届かない……



 無力さを痛感させられて、胸中で悔しさと切なさが渦を巻く。



 そうやって流されて、辿り着いた先は―――



「う…」



 うめき声と共に、実はまぶたを開ける。

 その瞬間―――



「ルティ!! 大丈夫か!?」



 すぐ隣から、鼓膜を突き破る勢いで響く声。



 声の主が焦っているのは、すぐに分かった。

 分かったのだが、起き抜けにその音量はきつい。



「あたた…。拓也、大丈夫だよ……」



 思わず目をつぶって頭を抱えながら、実はゆっくりと体を起こした。



「馬鹿! 無理するな!」



 実の行動に血相を変えた拓也が、慌ててその体を支える。



「うー……頭が重い……」

「だから、無理して起きるな!」



「でも……」

「安心しろ。みんな無事だ。桜理も、命に別状はない。」



「そっか…。よかった……」



 それを聞いて、どっと肩から力が抜ける。



「ここどこ…? 俺、どのくらい寝てた…?」

「ここは、サティスファにあるルードリアの家だ。お前が寝てたのは十日。」

「十日…?」



 実は眉を寄せる。



 こちらの時間は、その程度しか経過してしなかったのか。

 その間に、自分は過去で数ヶ月もの時間を過ごしていたというのに。



(キリナミ……ディライト……)



 生々しくよみがえる、悪夢の記憶。



 変えるどころか、自分が関わったことで手繰たぐり寄せてしまった、自分という存在を生み出した悲しい歴史。



『どうか君も、未来で救われてほしい。』



 白い奔流の向こうへ消えていったキリナミが告げた、最後の願い。



 それらが、こんなにも胸をえぐってくる。



「……うっ…」



 あっという間に感情がせきを切って、涙となって頬を伝っていく。



「ルティ……どうした…?」

「………っ」



 拓也の問いかけに、実は顔を覆ったまま首を振る。

 今は、到底落ち着いて話せる状態じゃなかった。



 そんな自分の心境は、拓也も香りから分かっていたのだろう。

 彼はただ、優しく背中をさすってくれるだけだった。



「ルティ、目が覚めたのかい!?」

「実!!」



 ドアが乱暴に開いて、そこから何人もの人々がなだれ込んでくる気配。



 エリオスや尚希たちだろう。

 それはすぐに分かったので、実はどうにか激情を抑えて涙を拭った。



「……ごめん。大丈夫だから……」



 とにかく顔を見せて、安心してもらおう。

 そう思った実は、ゆっくりと顔を上げる。



「―――っ!?」



 その瞬間、目の前にいる拓也や、部屋に入ってきたエリオスたちが大きく目を見開いた。



「ルティ…っ。その目…っ!?」



 拓也が顔を蒼白にする。



「目…?」



 その言葉に、実は首をひねる。



「………目の色が、変わってる……」



 重々しく。

 拓也がそう告げた。



「え…?」



 全く想像もしていなかった言葉に、実は目を丸くする。





 その瞳は、今までの薄茶色から―――鮮やかにきらめく金色に変わっていたのだ。





「ウォル…」



 その時、あまり記憶に馴染みがない声が飛び込んできた。



 そちらに目を向けると、何やら深刻そうな表情をしたルードリアが。



「これは……やっぱり……」



「ああ。どうやら、そなたの推測は間違っていなかったようだ。これは、完全に想定外の事態であるな。」



 うめくルードリアに答えたのは、彼の隣に立っている男性。

 見たことのない男性だった。



 金髪に金色の瞳。



 無をたたえた静かなたたずまいは冷静沈着に見える一方、どこか機械じみた無機質さを感じさせる。



「誰…?」



 訊ねる。



 すると、拓也とエリオスが明らかに気分を害した顔をした。

 尚希とユーリは、複雑そうに視線を逸らす。



 そんな中、実の疑問に答えたのはルードリアだった。





「彼はウォルノンド。僕のあるじであり―――神の世界を統べるおさだ。」




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