3 『手を繋いで』

「結愛はねえ。犬の方が好き」

「ふーん」

 最近は夕食前に浜辺を二人で散歩するのが日課になっていた。

「優人は?」

「俺はネコ。犬は苦手」

「えー。子犬可愛いのに。結愛、子犬みたいって言われるよ?」

「うっとおしいところが?」

 優人が嫌そうな顔をすると、結愛が『酷ーい』と言って頬を膨らませる。


「あっ」

 この辺の浜辺では、夕方になるとたまに強い風が吹く。

「紐パン見えてるぞ」

 抑えそこなった結愛のスカートとがふわりと捲れ上がり、優人がそれを注意する。

「優人ってなんでそうなの?!」

「何がだよ」

 くくくと肩で笑う優人。

「彼女の風よけになってあげるとか! とか」

「だから、スカートはめろっていったじゃん」

 結愛は正論をかかげられ、ぷくっと膨れる。


「なんでまくれるってわかってるのに、スカート履いて来るんだよ。しかもミニを」

 優人の素朴な疑問に、

「いつでも可愛いと思われたいの!」

と結愛。

「紐パンをか?」

「ちがうもん!」


 気づけば季節は秋で。

 浜辺で季節外れの花火をしている人たちがいる。


「いいなあ。花火」

と結愛。

「売ってないだろ」

と呆れ声の優人に、

「ド〇キなら売っているかも!」

 嬉々としていう結愛。

 しかし、

「鈍器は売ってるだろうな」

という優人の言葉に、結愛は殴るふりをしてグーをかかげた。 

「なんだよ。鈍器なんか買って俺を殺す気か?」

と優人は笑っている。

「もー! 優人のバカッ」

「馬鹿はお互い様だ」


 繋いでいた手を放し、優人の腕に自分の腕を巻き付ける結愛。

「なんだよ、寒いのか?」

「うーん。ちょっと」

「だから薄着はするなって言ったのに。帰る?」


 地平線を照らす夕焼けはロマンチックだ。

 まるで現実と幻想の合間にいる様な気分になる。


「もう少し居たい」

「しょうがないな」

 優人は腕に巻き付いている結愛の腕を解くと、上着を脱いだ。

「着とけ」

と言って上着を結愛の肩にかけてやる。

「わーい。彼シャツ」

「何言ってんだ? どう見てもパーカーだろ」

 再び呆れ顔で結愛を見やる優人。

「彼パーカーとか言わないでしょ?!」

と結愛。

「だからって、パーカーをシャツとか言うのは、どうかと思うぞ?」

 ヤレヤレと肩を竦め、ため息をつく優人。


「優人はさあ。ムードとかないの⁈」

「ムードねえ……」

 再び手を繋いで歩きだす二人。

「彼女のパンツが見えて”ドキッ”とか」

「見慣れてるし」

と優人。

「何それ! 結愛がいつもパンツ一丁みたいじゃん」

「だって毎晩みてるし、なんなら中身も……」

「わーわーわー!」

 慌てて優人の口を手で塞ぐ結愛。

「優人のいじわる……」

 どうやらやっと、揶揄からかわれていることに気づいたようだ。


「嫌い?」

と優人。

 悪戯っぽい笑みを浮かべて。

「そういうの、ズルい。知ってるくせに」

「言ってみ?」

「大好き」


 この後、優人は風邪を引いて平田に怒られたのだった。

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