8 『穏やかな日常』

「ゆあちは大学卒したら、どうするんだろうね」

「うん」

 優人はキッチンカウンターのところで紅茶を飲みながら、生返事をする。二人は滅多にお酒を飲むことがない。最も、呑みたいとも思わなかったが。

 優人は姉が持ってきてくれた紅茶の缶を眺めながら、

「結愛に聞いてみたら」

と続けた。


 今、結愛は風呂へ行っている。

 一緒に入ろうと言われたが、体力が持たないため丁重にお断りをした。


「優人はさ」

「うん?」

「あまり人に干渉しないよな。そういえば」

 平田がどんな意味で言っているのが分からないため、

「まあ、そうだな」

と曖昧に答える。


 平田と自分がずっと一緒に生活できるのは、とても居心地の良い関係だからだとも言えるだろう。


「別に干渉されるのが嫌だから干渉しないってわけでもないんだろ?」

 四角いチョコレートの箱をポンっと優人の目の前に置くと、平田は隣に腰かける。

「ありがと」

「職場のお姉さんから、優人に」

 相変わらずモテるねと言いながら平田はコーヒーカップに口をつけた。


 今まで互いに送り迎えをするようなこともあったので、互いの職場の人間に顔は知られている。ルームシェアをしている以上、互いが緊急連絡先としていた。

「これ、美味いじゃん」

 一つつまみ、口の中に入れるとミルクチョコレートがふんわりと溶けた。

「ゆあちに見つかると全部食われるぞ」

「うん」


 干渉されるのは嫌いではない。

 束縛されるのは嫌だけれど。

 兄や姉に面倒を見られるのが当たり前の環境にいたからこそ、平田に口うるさく言われてもカッとなったことはなかった。

 むしろ彼は、よく自分のことを観察しているんだなと感じることの方が多い。


「まあ、あれだな」

 平田は上の棚からおつまみのイカフライを取り出すと皿に乗せ、

「どうなることかと思ったけれど、ゆあちと上手くいって良かったじゃないか」

と。

「忘れるつもりだったんだけどな……」

 ぽつりと呟くように言う優人。

 部屋にはNobody's Loveが流れている。

「できないでしょ、優人には」

 平田はイカフライを口に放り込むと、傍らに置いてある雑誌をラックに落とす。


「俺はね。そうやって優人が苦しんでんのをみているのは嫌だよ」

 平田にそう言われそちらに目を向ければ、

「友達だからさあ」

と言いながら片づけをしている。

 また結愛が散らかしたのかと優人は苦笑いをした。

「どういう育ち方したらこんなに散らすわけ?」

「放置プレイじゃないの?」

「次散らかしたら、お仕置きしてやってよ」

と平田。

「結愛、ドMだからなあ」

 夜の営みのことを思い出しながら優人がそう返すと、

「それじゃあ、優人と同じじゃないの!」

と言われる。


 そこへ結愛が風呂場から戻ってきて、ソファーにバスタオルを置いた。

「優人ッ」

 優人に抱き着こうとして、般若顔の平田に気づき固まる結愛。

「ゆあちには教育が必要だね」

「え? なになに?! 平田怖い。優人!」

「平田ママがおこです」

 どうやら賑やかな夜になりそうだ。

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