8 『ずっと一緒』

「結愛は別れるって言ってない」

「うん」

「言ってないのに」

「うん」

 それはあの男が勝手に吹聴していただけに過ぎなかった。

「連絡先も教えてない」

「うん」

 結愛に交際を断られ、腹いせのチャンスを狙っていたようだ。


「どうして他の人を信じるの? 結愛は嘘言わない」

 思い込みは激しいけどな。

「どうして、電話出てくれないの?」

 それはしつこいからだろ。

 一時間に五十回とか正気の沙汰とは思えないぞ?


 あの後、タクシーに乗り込むと結愛を自宅に連れてきた。

『あら、ラブラブね』

と母に揶揄からかわれ、自室に行くと結愛から猛抗議を受けることとなったのだ。

 ベッドに腰かける優人に抱き着いたまま、結愛はずっと恨み言を漏らしている。テーブルの上には、母が持ってきてくれたお菓子と紅茶が乗っているが、手を付けていない。


「目を離すと、直ぐ浮気する」

「それは誤解だ」

 俺は別れたつもりだったしという言葉を飲み込む。

 あの子には謝らないと、と思いながら。

「もう、泣くなよ。あんまり泣くと不細工になるぞ」

「優人が泣かすからだもん」

「はいはい」

 バカで可愛いなと思った。

 それでも好きとは言わない結愛。


 この頃に、言葉にしなくても好きなのだということが理解できたなら……。


「抱っこ」

「しょうがないな」

 自分は三兄弟の末っ子でいつでも甘やかされる立場だった。

 結愛が甘えるのは、他に甘えられる場所がないから。

 こうやって優人の愛情を試しているのだと、まだ高校生だった優人には理解できていなかった。

 

「ここは結愛の場所なの」

 膝の上に横抱きにされ、満足そうな彼女の髪にちゅっと口づければ、甘い香りがする。

「おまえさあ」

「何よ!」

「お菓子ばかりじゃなく、ちゃんと飯も食えよな」

 床に置かれた彼女のバッグから覗く数個のお菓子。

『結愛はお菓子で出来ているの』

 などとアホなことを言っていたことを思い出しながら。

「やだ」

「豚になっても知らんぞ」

「結愛、太らないもん」

 その脳が空っぽなのはきっとお菓子のせいだ、と思いながらため息をつく、優人。


「結愛が豚になったら」

「なったら?」

「飛べない豚はただの豚だ! って言ってやる」

「なにそれ!」

 何それってお前……

「紅の〇だ」

「くれない豚? 豚肉欲しいってこと?」

 ”の”はどこ行ったんだよ! と思いながら優人は眉を寄せた。

 困った顔をする優人の胸にすりすりと額を寄せる結愛。

「結愛は優人とずっと一緒なの」

「じゃあ、飯食え」

「あ! お菓子ある」

「誤魔化すな」


 クリスマスが近づいていた。

『クリスマスは一緒にいようね』

 簡単だと思えた約束。果たせないとも気づかずに。

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