3 『二人の日常』

「何か食いに行く?」

 押し黙っていると、頭上から優しい声。不機嫌になったり、優しくなったり忙しいやつだなと思って見上げると、平田は優しい笑みを浮かべこちらを見ていた。

 心を許せる友人が彼しかいないことは事実。

 一緒に行動して楽なのも。


「うん」

 一人で食べる食事はさぞ侘しかろうと思い頷くと、何故か彼は口元に軽く握った手を寄せて笑う。

 どんな仕草をしても様になるこの男に軽い怒りを覚えつつ、

「なに」

と冷たく言い放てば、

「素直だな、と思って」

と笑う。

 失礼極まりないやつだ。優人は再びムッとしながら、平田に続いた。

 しかし、歩きながら考えていることと言えば結愛ゆあのことばかり。自分はどうかしている、と額に手をあてた。


「一人で百面相、忙しいな」

と、声をかけられ、ふと顔をあげるとそこが靴箱であることに気づく。

 平田は靴箱から自分の靴を取り出すと、”替えないのか?”というように、優人に視線を送った。優人は、軽く肩を竦めると靴箱を開く。

「どうした、ため息をついて」

「何か入ってる」

と、優人が小さなメモ紙を指先でつまむ。


 開いて中を見ると、先日別れたばかりの女性から。結愛以外で、初めてうまくいきかけた同じ歳の女の子。

 巧くいかなかったのは、どちらか一方のせいではない。互いにちょっとずつづれてしまっただけ。結愛じゃなきゃダメなんだろうか。そんなことを想い始めてしまったら、終わりは見えていた。

 相手が悪いわけではない。優人はそう思っている。

「相変わらず、モテるな」

 平田は、優人の手元を見つめて。

「茶化すなよ」

 そこには連絡先と一言、”会いたい”と書いてあった。

 もしかしたら、何か用があるのかも知れない。そう思うと無下には出来なかった。


「会うのか?」

 平田は結愛のことをよく思っていない。会ったこともないクセに。

 その為、優人に恋人が出来ることには大賛成のようだ。平田のことがよくわからない。彼は自分のことを母のような気持ちで見守っているのだろうか?

「いや、連絡はする」

「真面目だな」

言って平田は、優人の手元から視線を正門の方へ向ける。


 天気のいい日だ。

「いつものとこ、行こう」

 大学の近くにある、山小屋のような内装のお洒落な喫茶店。そこはランチにハンバーグやステーキなどを出していた。男子学生に人気の店である。

「じゃあ、ハンバーグ」

 優人はポケットにメモを突っ込むと靴に履き替えて。

「今度、美術館行かない?」

 追って来た優人が隣に並ぶと、平田は何を思ったのかそう誘いをかけてきた。

「なんで?」

「なんでって聞く奴あるかよ。普通は何処にだろ」

 素朴な疑問に何故か、説教される。

 しかし、優人は美術には興味はない。

「面白いらしい。同じ講義取っている奴が言ってた」

「別に、興味ないんだけどな」

 その冷たい返事に平田が般若のような顔をしたことに、優人は気づかないのであった。

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