1 『元カノの噂』

「君が、有名な元カレ君?」

 それは大学構内で。

「は?」

 優人は靴箱でいきなり声をかけられ、顔をあげる。

「結愛の」

 思わず相手を殴りそうになり、拳を握りしめ耐える優人。

 誰の許可得て呼び捨てしてるんだ、と。

 それにしても、有名とは一体なぞや?


「結愛、いっつも君の話ばっかしてるよ」

「……え?」

 元カノの結愛とは何度もくっついたり離れたりしていたが、半年前ついに決別した。共通点であったバイト先もやめ、あれから連絡は取っていない。

 着信を拒否したのが頭に来たのか、向こうから逢いに来ることもなかった。


「で、あんたは?」

 ムッとする優人に、相手は肩を竦める。

「結愛からは、人当たりが良いって聞いていたけど」

 優人は黙って相手を見つめた。

「結愛の新しい彼氏……だったんだけどねえ。三か月前別れた」

 その言葉に、少なくともガッカリしている自分がいる。結愛は今まで別れた後に、明確な彼氏を作っていなかったから。

 自分から終りにして置きながら、完全に終わったんだなと、感じた。


──別れて直ぐに、次の男か?


 嫉妬なんて、とうの昔に捨てた感情だと思っていたのに。

 どうしてこんな気持ちになるのだろうか?

「で?」

「結愛さ、今ちょっと悪い男と付き合ってるみたいなんだよな」

 何故自分にそんなことを言うのか。優人は怪訝そうに相手を見つめていた。 半年も前に別れた上に、自分の話ばかりしているなんて。にわかには信じがたい。

「悪い男って?」

 それでも、結愛のことは心配だった。


──アイツ、バカだからなあ。


「何があったのか、詳しくは分からないが。俺の後に付き合った男が嫉妬深くて、嫌がらせされているらしい」

 異性とのトラブルを上手く避けてきた結愛が、そんなことになっているのは意外だ。

「で? 俺にどうしろと?」

という優人の刺々しい言い方に、相手は苦笑い。

「君、分かりやすいね。結愛は振ったの自分だなんて言ってたけど、君が振ったんでしょ? それなのに、俺に嫉妬するのはお門違いじゃない?」

 相手が言っていることは、正論だ。優人は、床に視線を落とす。

「好きなんでしょ? 結愛のこと、まだ」

「煩い」

「君、プライド高いんだっけ。結愛が言ってたな」


──結愛、結愛、結愛って。呼び捨てにすんな。クソが。


 優人は、怒りを抑えて唇を噛む。

 彼が言うことは間違っていない。自分は今でも結愛のことが好きだ。しかしもう遅いことも知っているし、自分がいたところで彼女は幸せにはならない。そう思ったから離れた。

 自分では、彼女を笑顔にすることは出来ないと感じたから。

 喧嘩ばかりで、泣かせてばかりだったから。


──忘れようとしているのに、今さらなんだよ。


 優人は、何とも言えない気持ちになったのだった。

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