7 『たった一つの願い』

「ただい……」

 洒落たエコバッグを手に下げリビングにやって来た平田は、二人を見て固まる。

 しまった、と思ったが後の祭りだ。

「なんなの? 俺がいない間にイチャイチャして」

「してない」

とすかさず、優人。

 面倒なことになり始めている。

「もう付き合っちゃいなよ!」

「やめろって」

 結愛の反応が気になったが、それどころではない。何とか平田を黙らせなければ。

 これ以上、傷口に塩を塗られたら、たまったもんじゃない。

「良いじゃないかよ。優人は今でも元カノちゃんのことが……」

 言いかけて、平田は口をつぐむ。

「悪い」


 怖い顔をし平田を睨みつけていた優人は、何も言わずに床に視線を落とした。

 結愛は二人を交互に見比べると、優人の膝上から立ち上がる。優人は思わずその腕を掴むと、彼女を見上げる。

「優人、ごめん」

 その”ごめん”はどんな意味なんだろうか。

 怖くて、聞くこともできない。

「俺、何も言ってない。平田が勝手に誤解……」

結愛わたしずっと、知ってた。優人の気持ち」

 世界が歪んだ。

 別れてから、五年。ずっと知っていて、こんな接し方してきたというのか。


──あんまりじゃないのか?

  俺の罪はそんなに重いのだろうか?

  許されないことなのだろうか?


 ステレオから、Coldが流れ出す。

 一筋の涙が頬を伝った。

「俺を、どうしたいの?」


 傷つけたいのか?

 縛りつけたいのか?

 それとも。

 笑いたいのか?

 後悔させたいのか?


 君の望みを言えよ。

 何だって叶えてやる。


 それほどまでに、自分は彼女のことが。

 結論に到り、自分はやはり馬鹿だなと思った。


 すっと掴んでた腕を放すと、

「どうかしていたな」

と、力なく微笑む。

「結愛、もう会うのはめよう」

 視界の奥で、平田が悲痛な顔をするのが見える。

 いつかはこうなる。そんなことわかっていたはずだ。平田が悪いわけじゃない。

「優人も、結愛のこと見捨てるの?」

「見捨てる?」

 一体何を言っているんだろうかと思った。

「裏切るの?」

「裏切る?」

 バカみたいにオウム返ししか出来ない自分。思考が停止した。

 彼女が自分に求めていたのが、家族のような愛であることは朧げに理解はしたが、自分はそれを与えることなんて初めから出来なかったはず。


 それなのに優人の結愛への気持ちが”恋慕”であると知りながら、自分の都合で愛情を求め続けたというのだろうか。何度も何度も試しながら。優人が性愛を求めないことを知った上で。

 一連の行動の意味を理解した優人は、結愛を睨みつけた。

「何も与える気がないくせに、求め続けることに罪悪感はないのか?」

 言っても無駄なことくらい分かってる。

「俺じゃなきゃダメなくせに」

 あたるのは間違ってる。

「気づいてるくせに」


──そうだ。これは、彼女の引き止め方。

  あの時だって怒らせて、俺に別れたくないと言わせた。

  何度も何度も。


 俺は、ただ一言”優人が一番好きだよ”って、言って欲しかっただけなのに。

 それしか、求めていなかったのに。

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