3 『過去も現在も』

「優人っ」

 自宅マンションから駅までは、徒歩五分程度。

 彼女と知り合ったのはバイト先。当時自分は大学一年、彼女は高校生だった。

 あれから八年目、自分は社会人。


 こちらに気づくと泣きはらした顔をして優人の名を呼ぶ彼女の名は、結愛ゆあ。長いベージュ色のストレートの髪。いかにも女の子というカッコを好み、笑うと可愛いが大体ツンツンしており、少し生意気に感じる子だ。


──俺に対しては甘えて当たり前だと思っているから、手に負えない。


 彼女は自分を兄のように思っているのだろうかと、本日何度目かわからないため息をつく。

 どうせ指摘したところで、”男友達”という言葉が返って来るだけだ。何を言ったところで、無駄なのだ。人の話など聞きはしない。

 どうしたものかと思っているとハグを求められる。

 優人は求められるまま、彼女を優しく抱きしめた。


 当時、どんなに好きだと伝えても、

『愛ってわからない』

と言われたことを思い出し、切なくなる。

 それなのに平気で、

『○○のこと愛してるの』

と今彼のことを惚気のろけてくるのだ。

 その度、優人は、

”んなこと言って、どうせ別れるんだろ?”

と、口には出さないものの、眉を顰める。


 平田曰く、

『元カノちゃんは、天然おバカで策略家』

らしい。


──どんなだよ、それ。


「とりあえず、うち来いよ」

と言えば、

「優人、男と住んでるんだっけ? 結愛が寄り戻してあげないから、とうとう男に走った?」

といたずらっぽくいう彼女。

「馬鹿言え」

 優人はげんこつをするフリをして、ポンポンと彼女の頭を撫でた。

 口のきき方を知らないのは、昔からだ。手を繋ぎ、自宅へ向かう。


「ねえ、優人」

 俯いていた彼女が、ぽつりと優人の名を呼ぶ。

「なんだ?」

「奪ってよ」

 その言葉に、またかと思う。奪えるはずなどないのに。

「抱いて」

「断る」

 恋人と上手くいかなくなる度、自暴自棄になる彼女。

 だから放って置けない。

 自分たちの関係はもう二度と、進展することなどないのだ。それなのに毎回傷口に、これでもかっ! というほど塩を塗りたくる、彼女。


──お前はドSかっ!


「いいじゃん! 恋人いないんでしょ?」

「そういう問題じゃない」

 ”このバカ、何とかしてくれよ”そんなことを思っていると、あっという間に自宅マンションの入口に。

「そうやって、ヘタレだから恋人出来ないじゃないの?」

と失礼なことを言う、彼女をスルーし鍵を差し込んで自動ドアを開ける。

「そういう結愛は、なんで毎回浮気されるんだよ」

 原因なんて分かっている。


──毎度毎度、恋人と俺を比べるからだ。

  そりゃ、相手だって嫌になるだろうよ。


「優人がいじめる……」

 エレベーターに乗り込むと恨みがましい顔をしこちらを上目遣いで見つめる、彼女。

「あー。はいはい」

 優人は呆れ顔で、彼女を抱きしめた。

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