第4話

パッとスマホの画面が明るく光る。時間を見ると2時を回っていた。夏休みに入ったが、三者面談も無難に終わり、特にすることもない小南伊織は夜更かしの日が続いていた。

<お泊まり会の日、決めようよ>

当然、佐田久瑠美からの通知に少し呆れる。正直いって私は久瑠美とのお泊まり会に対して乗り気ではない。その連絡に既読は付けずに一時停止した映画を再生した。


ゆっくり起き上がり、恐る恐るスマホを見る。時間は13時。また一日を無駄にしてしまった感じに嫌気がさす。いつの間にかリビングのソファーで寝てしまったが、掛けられたタオルケットに少し温かみを感じる。寝転がったまま再びスマホを見つめる。案の定、今日も久瑠美は可愛い先輩と遊んでいる。久瑠美への返信のことを思い出し、嫌にモヤモヤするが仕方ない。適当に空いている日を提案する。

<8月1日、2日で出来ない?>

とりあえずスッキリして、最近流行りのドラマを再生し始めた。


<空いてるよ>

ドラマを2話分を進めたところであろうか、3話目に入ろうとした途端にスマホの通知音に驚く。すぐに既読を付けて、返信する。

<了解、どこのホテルにする?>


またしばらくすると、久瑠美から3.4枚ほどホテルの候補である写真が送られる。だが、どこも高いホテルに少し返信しずらくなる。

<どこがいい?>

<ここがいい>

と、その候補の中で1番安いホテルと希望する。

<いいよ、ホテル予約しておいて>

ああ、出たよ。そういうところだ。人にお願いする時にお願いと言わず、命令形でしてくるところ。だが仕方ない。もう慣れた。この子はそういう子だ。

<いいよ>

とだけ返信するとすぐにスマホを閉じた。ああ、やっぱり言うべきだったかな。いやあの状況にもう一度陥ったとして言えるはずがない。反対の気持ちが交差して気持ちの整理が付かない自分に腹が立ってきて、適当に動画アプリを開いて、それに集中した。


予約を済まして親に「久瑠美ちゃんは大学決まっているからいいけど」と同じことを何度も言われながらも、とうとう8月1日が来た。

いつも通り私の方が先に来て、集合時間から20分ほど遅れてきた久瑠美に呆れながらもホテルへ向かう。歩いている最中に久瑠美は急に

「楽しみだね!」と笑顔を見せる。その笑顔は純粋にこれから私と泊まることに対して心から楽しんでいる顔で、ただ嬉しくなった。ああ、やっぱり私は久瑠美に弱い。いつも振り回されてばかりだ。

チェックインを済まして荷解きを少ししてから時間を見たら既に18時を回っており、「お腹すいたね」と近くの韓国料理店へ向かう。料理が届くと久瑠美はすかさずスマホをカバンから取り出して数十枚、料理を連写する。

「久瑠美、後でその写真送ってよ」

「え、なんで?自分で撮ればいいじゃん」

急に顔をしかめて言う久瑠美に不快感を再び感じながら私も写真を撮る。久瑠美のわがままで私たちの胃に入り切らないほどの量を頼んだため、3分の1ほど残して会計を済まして店を出る。

「もう20時なのにまだ暑いね」

「そりゃそうでしょ。夏真っ只中だよ」

久瑠美は半笑いで私の言葉に返答する。「そうだね」と適当に私も返すと久瑠美はスマホを見始めてホテルまで特に会話はなかった。


雰囲気は最悪である中、ホテルについて私たちのルームに入った瞬間写真を撮ってくれと久瑠美にお願いされる。仕方なく何枚か撮ると不機嫌そうに「これはちがう。下手になった?」と言われる。ああ、もう嫌だ。もう我慢がならない。自分が自分でないみたいだ。近くにあった机を思いっきり叩く。

「もう無理。久瑠美のこと無理。こっちは久瑠美の言うこと聞いてあげているのにその反応はなんなの?私の事、正直言ってナメてるでしょ。」

流石に急に早口で大声を出した私に驚き、呆れたのか「ハッ」と乾いた笑いをしてから言葉を続ける。

「えっ、何?ナメてないんだけど」

いつもならここで上辺の笑顔を見せて久瑠美のことを落ち着かせているが、自分でも驚くほど我慢できずに、言葉がスラスラと出てくる。

「いつも思っていたけどさ、私と遊ぶ時はいつも遅刻してきて、『ごめん』の一言もないし、挙句の果てには人にものを頼む時も『お願い』『ありがとう』の言葉もない。そんなのナメているようにしか見えないよ」

瞳が潤む。パチッと瞬きをすればハッキリとした世界が蘇る。嫌われてしまったか、飽きられてしまったか。久瑠美のポカンとした顔がよく見える。どれだけ経ったのだろうか。ついに久瑠美が口を開く。

「ごめん。今までごめん」

と私に抱きつく。暖かい温もりに更に涙が溢れてくる。背中を摩る手を放すと少し気まずい空気にお互い笑ってしまう。

「伊織が先、お風呂入る?」

「うん」

涙を拭き取り鏡を見る。なぜか自分の顔は今までで1番笑顔であった。



ああ、ついにこの日が来てしまった。三者面談である。8月も半ば、各教室からの寒すぎるようなクーラーの空気が廊下まで漂ってくる。自教室の前で母の横に小さく座る私に母は話しかけてきた。

「今日、三者面談が終わったら家族で夜ご飯食べに行くわよ」

「分かった」とだけ言った瞬間に自教室のドアが空いて奥村先生に教室へ入るよう促される。母のワントーン高くなる声にいよいよ始まる、という緊張感がさらに強くなった。

「早速ですが、雪乃ちゃんの行きたい学部、学校などはもう決まっていますか?」

奥村先生は優しく問いかける。私が口を開こうとした瞬間、隣の母がおもむろに話し始める。

「国公立大学の法学部を目指させています」

ニコニコと笑う母に失望する。私は国公立大学の法学部に興味なんてもちろん無いし、母が勝手に目指させているだけであって私は1度も「行きたい」など言ったことがない。だが、そんなことも言えずに

「はい」

と言ってしまう。そのほかの質問は友達関係などの事ばかりであっという間に終わってしまった。ただ、今回の三者面談では失望感しか感じ無かった。教室を出てしばらく母と無言の中、私は口を開く。

「どうして、どうして国公立の法学部なんて言ったの?」

「お父さんと話していたんだけどあなたは国公立大学の法学部でないとあなたの大学のお金は払わないわ」

理解が少し追いつかない。「は?」と口に出してしまうと「当たり前でしょう?」と言わんばかりの顔で見られる。その辺でタクシーを拾うといつも利用するフランス料理店の個室へ通される。そこには姉と妹を除いた父、兄が大きく脚を開いて座っていた。私達も「お待たせ」など言ってから座った瞬間に姉が髪の毛が乱れた状態で、妹は逆にしっかりとセットされた髪の毛で個室のドアを勢いよく開けて席に座った。


最初は雑談に場を和ませてから本題へはいる。父と急に目が合うと思い出したように「三者面談どうだった?」と聞いてくる。その瞬間その場に緊張が走る。

「私、父さんや母さんみたいに学歴に囚われすぎずに自由に生きたい。国公立大学の法学部なんて私の夢とは程遠いし絶対に行かない」

すると父は形相を変えてワインの入ったグラスを口につけるところでテーブルに置き、「どういうことだ」と激怒する。怖い、怖い。だが今言わないと、きっとこれから先私は両親に進路を決められるだけだ。

ここで言わないと、私はきっと後悔する。

「どういうことも何も、そのままの意味だよ。私はレベルの高い大学には興味が無い。だから私は姉さんや兄さんみたいに根を詰めてまで勉強したくないの。だから兄妹で比較しないでよ!」

すると勿論姉の小百合と兄の郁人に睨まれる。妹の花香は心配しているような目でこの状況を必死に理解しているようである。誰も口を開かない中、無言を打ち破ったのはのは母である。

「あなたは諦めるのね」

心底呆れているような目で見られる。ああ、私が本当に恐れていたのはその目だ。

「諦めるも何も、母さんが勝手に決めただけじゃない」

呆れるように私は笑うと母は言う。

「どうなっても知らないわよ」

「いいよ?」

少しムキになりすぎたか、疲れたような声音で言うと、そこで兄は深いため息をついて、料理に全く手をつけずにおもむろに音を出しながら帰る準備をして個室を出た。それを見兼ねて姉も個室を出るとその後を追うように花香を連れて母まで個室を出る。ついに父と2人きりになる。

「もう俺らは雪乃の勉強に関して何も言わないし、大学のお金も出さない。もうお前のやりたいようにやりなさい」

とだけ言い残して父は食事を続ける。私はただ呆然と、打ちのめされる。大学の費用出さないって言うのはきっと本気であろう。ただ、自分の行きたくない進路に勝手に進まされるよりかは断然マシだ。うんうん、現実なんてこんなものだ、気持ちを切り替えていこう。なんて口角を上げた。



あっという間だ。宿題、遊び、スマホ、寝るを繰り返していたらとうに始業式の2日前である。高校生になって一段と増えた宿題はまだまだ残っており、ただただ焦る。2日間でこなせる量ではないと考えた私は、三者面談以来の学校で自習しようと準備する。片道約1時間もかけて電車を降りると久々の学校の姿にため息が出る。自習室は職員室前にある。わざわざ始業式直前に学校に来る者は部活をしている人しかいないため、自習室は2.3人ほどしか居なかった。ドアを開けた瞬間、皆顔を上げるが、知り合いではないとわかった瞬間また伏せ、勉強を再開する。適当に真ん中の席に座ると課せられた大量の宿題を開き、集中する。

約2時間経った後だろうか。家の中では絶対に出来ないほどの量が進み、大分心が楽になる。時計を見ると12時を回っていたため、お腹がすいてきた。一旦学校から出て、近くのパン屋で数個買って食べてからまた戻ろう。財布をカバンから取り出すと財布とスマホだけ持って自習室を後にする。もちろん学校内でのスマホ利用は禁止のため、ポケットに入れて早歩きで学校を後にする。

パン屋に着くと、部活終わりの者が数人いて1人の私は肩身が狭い思いをしながら適当にパンを買って空いてる2人が対面する席に座る。パンを4口目にするところで見覚えのある高い身長の人物をみかける。やばい、最悪。と顔を隠すにも、もう遅い。その人物は少し微笑んで私の私の対面の椅子に座る。

「あれ、立川さん。今日学校来てたの?」

「そうなんです。やっぱり家にいると、宿題が全く終わらなくて」

「立川さんは今度の模試の勉強はしているの?英語、頑張らないと」

「少しだけしています。ほんとに少しだけなんですけどね」

と嘘をつきながら笑うと、奥村も微笑む。

「まあでも、立川さんなら私立外国語大学のレベルには達しているから安心だよね」

ギクリとする。ああ、またこの話題か。と辛くなる。奥村は、私がどこかの、例えレベルが低くても、外国語大学に行けたらそれでいいと思っているのだろうか。またこの話をされるのももう嫌だ。

「先生、私国公立大学の外国語大学に行きたいんです」

あれ、言うはずじゃなかったのに何故か口走ってしまい、驚き焦る。奥村のことを恐る恐る見ると唖然としていた。

「あら、そうだったの?でも立川さんは私立の方が合っていると思うんだけどな」

と遠回しに「お前は国公立は無理だ」と否定される。悔しい。とても悔しい。

「どうしてですか?」

「だってほら、立川さんって性格がのほほんとしているじゃない?私立の方が合っているよ」

と根拠もないことを言われ、こいつはつくづく先生向いていないなと感じる。数学の教えが良いだけだ。

「いやでも私は国公立大学に行きたいんです」

断言すると奥村は背もたれにゆっくりと背をかけ口を開く。

「それならもっと頑張らなくちゃ。今の時点で宿題なんてやっていたら順位なんてすぐ追い抜かされるよ。夏休みで頑張る子は本当に頑張るんだから」

と説教垂れる。だが、もちろん私は何も言えない。

「はい」

とだけ、口にしてパンを再び早く食べて自習室に戻る。結局何も言えない、何も出来ない自分に腹が立って涙が出てくる。自習室で勉強している数人は自分の世界に没頭している。ティッシュを2.3枚取って涙を拭いてから勉強を再開した。


「歩美、久しぶり!」

大きな声と、高く明るい声に伊織だと気づく。

「久しぶり。おはよう」

「ねえねえ、また久瑠美との話聞いてほしいから近いうちまた遊ぼうよ」

「いいよ」と頷くと伊織は「やったー!」と嬉しそうにする。あっという間に終わった夏休みに終止符を打つ、始業式が始まる。

2日ぶりの奥村に少し気まずい気持ちを抱きながら1時間もかからずに終わった始業式に皆はもう帰れる!と喜ぶ。自由解散という形をとった奥村に急に「立川さん」と大きな声で呼ばれて奥村の元へ駆け寄ると、教室の外、廊下で面談する。クラスの者からは帰る際に何事?など注目を浴びながら話す今の状況はとても地獄である。

「立川さんの言う国公立大学の外国語大学いくつかピックアップしたけれど、どこに行きたいの?県外?」

「東京の大学です」

「それなら、ここかな」

と奥村はノートを広げる。そこには大学のレベル、受ける科目、2次試験の概要がこと細やかに手書きされたページである。

「え」

と思わずつぶやく。

「立川さん、本気だったからいろいろと調べてみたの」

そう話す奥村に心温まる。生徒の親身になって話す奥村は久々だ。

「ありがとうございます。それとこの間は反抗してしまいすみません」

と謝る。奥村は「いいよそんなの」と笑う。するとパッチリと奥村と目が合うと次第に目が熱くなる。奥村の顔が歪むと自分は泣いているんだと気付く。人前で泣くことに少し恥ずかしさを感じてハニカムと、奥村はティッシュで涙を拭いてくれる。一礼して教室に戻ると伊織がいる。伊織は私の顔を見て「えっ」と焦ると私の元へ駆け寄る。

「どうしたの?奥村に何か言われたの?」

と背中を摩りながら私の顔をのぞき込む。

「違う違う」

とまた溢れる涙を手で拭いながら笑う。すると急に

「うええぇ」

と奇声をあげる伊織に私は驚き伊織を見ると何故か伊織も泣いているようだった。

「もらい泣きするからやめてよう」

と言われてつい大笑いしてしまう。釣られて伊織も大笑いするとしばらく呼吸ができないほどに笑い、疲れると「帰ろっか」と伊織が声かける。お互いの背中を摩り、時には叩きながら駅まで一緒に行く。目元が赤く、大笑いしている私たちに知らない下級生から上級生までチラチラと見られる帰り道は最高に、スッキリしていて楽しかった。

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あいつと私 堤 万優 @0_ve_

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