第3話

「テストお疲れ様〜」

歩美のグラスと私のグラスで音を鳴らす。スマホでその瞬間を動画に撮ると、私は迷いなく投稿ボタンを押す。

「伊織、今回のテスト最終的にどうだった?」

「やばかったよ。数学が今回は絶対に悪い」

「高校初めてのテストにして、科目数が15教科って呆れるよね」

歩美は高らかに笑う。きっと歩美は今回のテストに自信があるんだ。

「歩美はテスト返却までの2日間、なにか予定あるの?」

「んー、ないかな。伊織は?」

「明日、久瑠美と遊ぶくらい。その次の日は家でゆっくりするつもり」

「久瑠美ちゃんとどこ行くの?」

「最近できたカフェ行くよ」

「うわ、出たよ写真好きが」

「私がじゃないよ。久瑠美に付き添ってるだけ」

「ふうん」と興味無さそうに頷くと早速歩美の好きな韓国料理を頬張った。


家に帰ってスマホの画面を見てみたら1つ通知が入っていた。タップして通知に飛ぶと、それは久瑠美からだった。

〈明日予定入ったから夏休みでいい?〉

その文を理解してから数秒、時が止まる。あんなに楽しみにしていた自分が恥ずかしい。そして次第に平気で遊びを断る久瑠美の自分勝手さにも腹が立ってくる。

〈もう少し早く言ってほしかった。別にいいけど〉

そこから3時間、久瑠美の返信は来なかった。

〈ごめんね〉

の文字と共に、反省の色が伺えない絵文字が送られてくる。

もうだめだ。

直ぐに既読をつけ、久瑠美とのチャットを閉じた。


目覚めてスマホの画面を見ると、時刻は13時を回っていた。親は共働きのためリビングに行っても誰もいない。しんみりとした空気に耐えられず、好きなアーティストの音楽を流しつつ、写真投稿アプリをタップする。すると久瑠美が新しい投稿をしたとの通知がある。見てみると、可愛いと学校内で有名である先輩と遊んでいるツーショット写真が流れてくる。このもやもやを消そうと、スマホをすぐ閉じてテレビのリモコンと用意された冷めたお弁当を手に取り、楽しみにしていた映画を見始める。次第に久瑠美への怒りは消えていた。

映画を見終わってスマホの画面をつけると

〈明日遊べる?〉

の文字が見える。送り主は久瑠美だ。

〈塾あるから無理〉

明日は特に何も無いが、無心で文字を打ち送信ボタンを押す。面白そうな映画を新しく見つけると、すぐにリモコンの再生ボタンを押して見始めた。



「雪乃おはよう!今日の答案返却、自信ある?」

元気な声で朝早くに話しかけてきたのは美咲である。

「今回の期末は本当にスマホの誘惑に負けて全然やってないから絶対悪いよ。親に怒られるから帰りたくないんだけど」

自分でも驚くほど低い声と早口で話してしまった。「あー、そっか」と苦笑いしながら小さな声で呟いた美咲はそっと前を向く。「ごめん」と言うのも何か違うなと思い、私は奥村先生が来る直前までスマホを触った。

点数開示については、全ての科目の点数とクラス順位、コース順位が書かれた紙を1枚もらう。全てが詰まっているその紙はもちろん誰も見せたがらないし、見せ合わない。

出席番号順に取りに行くため段々と自分の番が近づいてくる。奥村先生から返されるため、皆の顔はほぼ無心に近い。

「小桜さん」

と呼ばれると席を立ち、成績表を裏返されながら返される。紙を受け取り、恐る恐る順位欄を見てみると‘12/41’の文字が見える。前回よりも、今までの3年間よりも順位は上がったので嬉しい気持ちが勝っていた。

いつも通り重い扉を開いて「ただいま」と呟く。もちろん返事はない。リビングに入ると母親は厳かな雰囲気で私を待ち受けている。

「成績表、見せなさい」

私はゆっくりと鞄から成績表を取りだし、母親に見せると表情は変わらないまま言葉を続けた。

「成績、全く良くなっていないじゃない。学校のテストで12位って本当に受験どうするの?どうして成績が悪いって分かっているのに勉強しようとしないの?」

その言葉を耳にして、私は頭が痛くなる。成績が良くなったことに対しては母親は全く褒めてくれない。あくまで学校のテストであるから。

「次の模試に向けて、頑張ります」

頑張りますの言葉がとても小さくなる。母親は深いため息をつくと、私を見逃す。自分の部屋へ行くため階段を昇っている途中、受験生である兄、郁人に出くわす。すれ違う瞬間、物凄い眼力で睨まれて

「お前は甘くていいな」

小声でそう呟かれる。兄の存在を認識した瞬間、母親は顔を綻ばせて兄に労いの言葉を言う。あまりの差に母親に腹が立ってくる。急いで自分の部屋に閉じこもり、鍵をかけてスマホの画面をつける。何時間経っただろうか。段々とスマホを見て現実逃避している自分に腹が立ってくる。どうして私は勉強でさえも出来ないのだろう。そう考えながらもスマホを触り続けてしまう自分が嫌いだ。



「保護者なしでの外出は禁止です」なんて、誰が守るかよとツッコミを入れたくなるような校則の元私たちの夏は始まる。

校長と生徒指導部からの長いお話を終えるとついに夏休みだ。

「伊織、終業式終わったら一緒に食べて帰ろうよ」

「あー、ごめん。今日は久瑠美なんだ」

あんなに久瑠美のことを私に愚痴を言うくせに、少し顔を綻んで言う伊織になんだか腹が立つ。

「そっか。頑張って」

煽るようにニコニコしながら言うと、他の人を誘ってみる。が、終業式だけで帰れるということで各自予定があるようだ。つまらなくなって私はすぐ帰ろうとせず、学校に少し居残る。夏休みの宿題でも先に終わらせておこうかな。など適当に考えてしばらく教室にいると、奥村が忘れ物に気付いたらしく、教室に取りに来た。

「あれ、まだ帰っていなかったの?」

「はい。多分家に帰っても宿題とか絶対に進まないと思うので」

「分からないとこあったらいつでも来てね。そういえば、立川さん今回英語が悪かったけどどうしたの?珍しいなって思って」

ギクリとする。今回の期末は順位が悪かった。点数としては80点台をキープしていていつも通り1桁かと思っていたが、'13/41'の文字に驚いた。

「勉強が追いついてなくて。最近外大に行けるのかすごい不安なんですよね」

「でも立川さんが志望している大学には今のところ立川さんの偏差値で行けるから安心していいと思うよ」

私の第1志望は違う大学だ。国公立大学なのになぜか奥村は私立大学を勧める。私に国公立大学は無理だと暗示しているようで嫌な気持ちになる。

「そうですかね。まあ、次は頑張ります」

「うん。また質問来てね」

そう言われて一礼すると奥村は職員室の方に戻ったようである。このモヤモヤする気持ちに耐えられず、宿題を強引にカバンに詰め込むと教室を後にした。

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