第2話

「伊織、今から夜ご飯行こうよ」

7時間授業が終わり、教室を出たら久瑠美がいた。弱い私は断れないまま、誘いを受けいれた。

「この韓国料理屋さん最近私のコースで話題なんだよね」

複雑な気持ちになりながらも「そうなんだ」と頷く。注文した料理が届いたら久瑠美のスマホを私に預ける。

「これで私の事撮って」

私は仕方なく何枚か撮って久瑠美に見せる。すると久瑠美は顔を傾けて何か言いたげな顔をする。

「あー、だめ?」

「なんか違うんだよね。伊織撮り方下手になった?前までは撮り方上手かったのに」

いや、え?流石に不満が溜まる。ただ、少しも嫌な顔も、嫌な声も、嫌な言葉も久瑠美に言えない。自分は久瑠美に屈しているのだ。

「えー、酷いなあ」

と作り笑いをしてみせる。

「もういいよ。返して」

久瑠美は私の目の前に手を差し出す。私は久瑠美にスマホを返すと不服そうな顔で料理を食べ始める。そんな嫌悪な空気が私を早く家に帰りたくする。

「もう出る?」

料理も全て平らげ、私は出るタイミングを伺うが久瑠美は疑問そうな顔をして「もう出るの?」と低い声で言う。「どっちでもいいけど」と私は小さな声で呟いてスマホの画面を見る。この気まずい状況を歩美に愚痴るだけであった。


「伊織、おはよう」

「おはよう」

「昨日は大変そうだったね」

と歩美は呆れたように笑う。

「本当にイラついた。あの子最近可愛い可愛いって周りに言われ始めて調子付きすぎてむり」

「もう、友達やめればいいのに」

「できないって、だって私あの子の顔が好きなんだもん」

本心でもないことを言った。もちろん久瑠美の顔やスタイルは写真映えするし好きだが、そんな事で私が屈するほど仲良くしないし、きっと久瑠美といて楽しいから友達を続けているんだと思う。それもそれで悔しいが。

「それで友達続けていられるのすごいよね」

「まあ、もうちょっと頑張ってみるよ。でもそろそろ限界かもしれない」

正直いって私の限界は来ていた。写真のことしか考えていない久瑠美にも最近呆れてきたし、コース変更で久瑠美といる時間も少なくなった。帰りも時々しか一緒に帰らないのに、そんな時まで喧嘩は疲れるし、もう勘弁だ。

「伊織の話で本当に久瑠美ちゃんの印象変わったわ。私ならすぐ縁切る」

「だよね」

なぜこんなに久瑠美に依存するのか自分でも本当に謎である。ただ、友達を失うのが怖いだけなのか。八方美人である私のイメージを崩したくないだけなのか。

「ところで歩美、二者面談どうだった?」

「あー、普通だったよ。特に何も言われなかった」

歩美は小さく笑う。先生に気に入られている歩美は気に入られていない私を絶対に見下している。なんだか気に食わない。「いいね」と微笑む。歩美もにこっと笑うとお互い自席について1時間目の用意をした。


自教室へ向かっている最中、こそこそと噂をされている気がしてふと後ろを振り返ると他コースの先輩たちがいた。話したことは無いが先輩たちはSNSに顔出ししているので知っている。どうせあの有名政治家の娘だ、とか話しているのだろう。無視して急ぎ足で教室へ向かった。

「雪乃おはよう。もう来週から期末テストだけどそれが終わったら夏休みだよ!三者面談あるけど」

最後の一言だけ低い声で呟いたのは咲月である。

「また成績返されるのが嫌だ。親に怒られる」

「別に雪乃成績いいからいいじゃない」

咲月は笑顔を見せる。ただ純粋に褒めてくれる咲月を見ると何も言えずに「そうかな」と言葉を濁した。


重い扉を開いて「ただいま」と呟くとあえてリビングには行かずに自分の部屋に閉じこもった。テスト期間ということで勉強用具を広げるが、もちろん何もする気にならない。気分転換に近くのカフェへ行こうと準備する。

「どこへ行くの?」

急にノックもせずに母は私の部屋の扉を開けてくる。私の財布を見てか「また遊びに行くの?」と険しい顔で見つめてくる。

「違うって。カフェで勉強してくる」

強めの口調で言うと母はもっと険しい顔をして「その言い方何?」と問い詰めてくる。ああ、面倒くさい。無視して重い扉を勢いよく閉める。バタンという音と同時に悔しさから涙が出てくる。咲月に電話をかけようとするが、中間テストの順位表、‘36/41’の文字を思い出しスマホを閉じて自転車に跨る。カフェは自転車で10分くらいの距離にある。好きな音楽を聴いて太陽の光を浴びながら必死に母親の存在を忘れようと漕ぐ。やがて寒すぎるくらい冷房の効いたカフェに着くと汗が冷え風邪をひきそうになる。フラペチーノを注文すると、席につき、数学の問題集を開く。去年の頃までは奥村先生のことが大好きでずっと数学を頑張っていたが高校に入って変わった気がする。今まで以上に厳しく、話しかけにくいオーラーを放っている奥村先生のことが最近苦手だ。美咲の言葉を思い出す。期末テスト勉強ばかり考えていたが、期末テストが終われば三者面談がある。今までで1番最悪の点数と順位に何を言われるか本当に不安だ。三者面談のことを考えると頭がくらくらしてくる。持っていたシャープペンを置いて頼んだフラペチーノのひと口すすると糖分が頭まで届き、癒してくれる。考えるのを辞めて目の前のことに集中した。


朝、学校に着いて目の前を見ると美咲はカバンを自席に残してどこかへ行ってるようだった。朝礼まで時間がある。美咲を探しに行こうと職員室まで向かったら案の定美咲がいた。「美咲おはよう」と声をかけようとするが、それは出来なかった。

「今度は化学絶対1位取りますね!平野先生応援していてください!」

最高の笑顔で美咲は化学担当の平野匠先生に声をかけていた。好きな人の存在の大きさに驚くと同時に‘1位’という重さに気分が下がる。その場を静かに去り、自教室へと戻った。



「奥村、最近機嫌悪すぎるよね。やっぱ今日からテストだからだよね」

「絶対そう。昨日どのくらい勉強した?」

「私ほんとに何もしてないよ。本当に。絶対歩美よりしてない」

「絶対嘘じゃん」

「いや本当だって!何もしていない訳ではないけど、歩美よりは遥にしてない」

伊織の存在はテスト期間になると、敵に変わる。何もしていないと本人は言い張るが、結局努力している私よりも点数が上。中学三年生の奥村のために1番頑張っていた時期は本当に嫌いになりかけた。

「まあ、奥村は私にはもう何も期待していないし、今回のテストは三者面談で何か言われない程度でいいかなっていう感じ」

伊織は頷くと、化学の教科書を開いた。私も負けじと化学のノートを開いてお互い無言のままテストを迎えた。

一日目の科目は化学と現代文と生物である。覚える系の科目が多くて私は得意だ。

「伊織、テストどうだった?」

「結構最悪だよ〜絶対点数悪い」

余裕ないことを言って、結局点数いいのが伊織だ。少し腹が立つ。

「私も絶対悪いよ」

お互い探りを入れるような笑いを見せると帰る準備をして、駅へと向かった。その後も着々と科目をこなして、最終日となった。残り1日にして1番重要な科目が残っている。数学と英語だ。

「伊織、おはよう。勉強どんな感じ?」

「最終日だから全然集中できなくて英語はほぼノー勉。歩美は今日が踏ん張り所じゃない?」

「うん」

伊織は「頑張って」と私の背中を軽く叩くと自席に着いて英語の教科書を必死に眺めているようだ。やがて奥村が教室に入った瞬間、皆は静まり、ピリピリとした雰囲気を醸し出す。

「今日の数学期待してますね」

奥村は口角を上げるが、特有の圧力のある目に生徒は更に震え上がる。朝礼が終わると、いよいよテストの開始チャイムが鳴り始める。一限目は英語だ。英語は得意であるため少し自信がある。外大目指している以上、悪い点はとれないという自分自身の重しはあるが。問題用紙を開き、早速解き始めると自分の勉強した所がたくさんでてきて、ラッキーと思う。50分のテストが終わると皆は「どうだった?」「ここの答え何になった?」などの話題しか聞こえない。そのような話し声に栓をし、約5分で最後に数学の公式を詰め込んだ。私たちのコースだけ数学は70分テストであるが、その制度にももう慣れた。テスト開始のチャイムが聞こえた瞬間、紙を一斉にめくる音と、名前を書く音に皆の本気が伺える。


「お疲れ様〜」

70分の長い時間が終えると、多方面から激励の言葉が聞こえてくる。帰りの準備をしていると、意外な人物に声をかけられた。

「テスト、どうだった?」

「今回のテスト、奥村先生が作りましたよね?とても難しかったです」

お互いクスクスと笑うと、奥村は終礼を始めるために声を張り上げた。

あぁ、やはり奥村は少し怖い。

伊織に呼ばれて昼ごはんを食べてから共に帰った。

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