第4話

 それから、一ヶ月後。

 何気なくSNSのタイムラインを眺めていると、あるニュースタイトルが目に飛び込んできた。


『人気美人作家さん、彼氏に送ったNTRビデオレターが流出し拡散されてしまうwwwww』


 そのフォロワーは、まとめサイトの宣伝ツイートをリツイートしていたようだった。

 どうにも気になって仕方がない俺は、吸い寄せられるようにリンクをタップし、そのまとめサイトの記事に飛んだ。


「こ、これは……」


 記事内にある、見覚えのある動画──それはあの日、風夏が俺に送ってきた動画だった。

 所々、モザイク加工されているものの、同じ動画とみて間違いない。

 記事を読んでみると、どうやら流出した原因は間男にあることがわかった。


「どういうことだ……?」


 首を傾げつつも、記事を読み進める。

 なんでも、間男は社内でスマホを落としてしまったそうだ。

 いくら探してもスマホが見つからず、諦めて帰ろうとした時。いつの間にか、自分の机の上にスマホが置いてあったらしい。

 その際、間男は「誰かが拾って戻してくれたのかな?」と大して気に留めなかったそうだ。だが、その後まもなく例の動画が拡散されてしまい、彼はそこで初めて事の重大さに気づく。

 元の動画は、海外のとあるアダルト動画サイトに投稿されていたそうだ。

 日本人もよく利用するサイトなので、誰かが見つけてそれをSNSに転載したのだろう。

 動画が拡散されていく中で、動画内に映っている女性が浅倉風夏であることが判明し──ついには、まとめサイトにまで取り上げられてしまった。

 

 ちなみに、間男のスマホを拾って動画を流出させた人物は特定されていないそうだ。

 間男の同僚曰く、彼は日常的にパワハラやセクハラをしており複数人から恨みを買っていたそうだから、被害者の中の誰かが犯人ではないかと社内では噂されているそうだが……。

 いずれにせよ、スマホのロック解除のパスワードも自分自身の誕生日……と物凄く安直なものだったらしいし、自業自得以外の何物でもないだろう。


「おっ、間男のSNSアカウントも特定されているのか」


 呟くと、俺はそのアカウントに飛んでみる。


「って……こいつ、いつも俺に絡んで来ていたアンチじゃねーか!」


 例によってアカウント自体は作り直していたが、何故かいつも名前とアイコンが同じだったのですぐわかった。

 特定班の情報によると、間男は元々風夏のファンだったそうだ。

 恐らく、DMなどで何回か個人的なやり取りを重ねた後、二人で会うようになったのだろう。


 ──なるほど……つまり、間男は俺の存在を知っていたのか。だから、敵視していたんだな。


 ふと、風夏がどうなっているのか気になり、俺は彼女のアカウントに飛んでみる。

 リプ欄を覗いてみると、予想通り大炎上していた。


『純愛小説を書いているくせに、自分は浮気していたんですね! 見た目は清楚系だったから、すっかり騙されていました!』

『あんな動画を彼氏さんに送りつけるなんて……彼氏さんが可哀想だとは思わないんですか? 鬼畜ですね!』

『気持ち悪すぎて、もうあなたの書いた小説が読めません。全巻捨てます』

『これからは、純愛じゃなくて寝取られや浮気をテーマに書いたほうがいいんじゃないですか?』


 ざっと見たところ、擁護しているユーザーは一人もいない。

 純粋なファン達も阿鼻叫喚だし、もはや収拾がつかない状況になっていた。



 その騒動から一ヶ月後──沈黙を貫いていた風夏が、ついに謝罪文とともに作家業の休業を発表した。

 まあ……表向きは「休業」と言っているが、実質的には引退だろう。

 間男は、噂によると会社を解雇されたそうだ。一応、今回の騒動が直接的な原因ではないらしいが、以前から彼が行っていたパワハラやセクハラが問題視されていたようなのでそもそも時間の問題だったのかもしれない。


 何はともあれ、風夏と間男の破滅を無事見届けることができたので満足だ。

 そんなことを考えながら、きりがいいところまで執筆を終えると──俺は、久しぶりに外出することにした。


 ──いい天気だなぁ。絶好の散歩日和だ。


 雲ひとつない青空を仰いだ後、俺は視線を前方に向ける。

 そのまま街路樹が並ぶ通りを歩いていると、ふと見覚えのある女性がこちらに向かって歩いてくることに気づいた。

 可憐で今風ながらも、品のある顔立ち。さらさらとした栗色のボブヘアが、そよ風になびいている。


 ──あれ? もしかして、あの人は……。


 依藤奈緒──俺の元同僚だ。いや、でも……何故、彼女がこんな所に?

 俺は、依藤さんにろくに挨拶もしないまま逃げるように会社を辞めてしまった。

 あれだけ気にかけてもらっていたのに、恩を仇で返すような真似をして……当然ながら、彼女に合わせる顔なんてない。

 気づかないふりをして、通り過ぎたほうがいいのか? それとも、挨拶くらいはしたほうがいいのか?

 迷っている間にも、彼女との距離はどんどん縮まっていく。

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