第3話 オカルト研究部のおかしな活動
「さあ、入って入って!」
オカルト研究部の部室は、校舎の最上階の四階の端にあった。
「いまは使われていない教室を、先生にたのんで部室として使わせてもらっているの」
スズが楽しそうに説明する。
部室の本棚には、オカルト研究部らしく、オカルトの話を集めた本がずらっとならび、ほかにも昔話や伝説が書かれた本がたくさん収納されている。
「面白そうな本があったら、読んでいいからね」
センナも、マイとリンを部屋に招き入れて、どこかうれしそうだ。
「前の三年生が卒業していなくなっちゃったから、今年からは、わたしとスズ先輩の二人だけで活動しているんだ」
本棚に囲まれた広い部室に二人だけなのは、さみしそうだ。
マイは、本棚から怖そうな話が書かれていそうな本を一冊取り出して開いてみた。挿絵に、血が噴き出している絵があり、びっくりしてパタンと本をとじて、近くの机に置いた。
リンも、怖そうな本を取りだして、目を落としている。
そもそもオカルト研究部はどういう活動をしているのだろうか? やはり、怖いことを研究しているのだろうか。
「二宮金次郎の像のオカルトが作られたことや、広まったことを調べるって言っていましたけど、どんな活動をしているんですか? わたし、オカルト研究部っていうくらいだから、お化けを捕まえたり、UFOを探したりするものだと思っていました」
スズは、マイが質問してくれたことがうれしかったようで、すぐに笑顔で、
「たしかにそう思うわよね」
ウンウンと首をたてにふった。
「では部長のわたしが、ここでの活動を説明します!」
センナが、マイとリンのイスを用意してくれた。センナは、窓の縁に腰をかけた。
「たしかに、富詩木中学のオカルト研究部も、お化けを捕まえるみたいな活動をしていたの。夜中に学校に忍び込んでお化けを探すなんて、ロマンじゃない?」
おい、とセンナが突っ込みをいれる。
「でも、実際にはそんなことできないわけだし、ほんとうのこと言うと、昔所属していたオカルト研究部員も、誰も実際の幽霊とか怪奇現象に遭遇したことがないの」
「オカルト研究部なのに、ですか?」
マイとリンが顔を見合わせる。
「そう。先生たちも、幽霊とか怪奇現象なんて迷信だ。オカルト研究部はこのままだと廃部だ、なんて言ってきてね」
そんな話を聞くと、かわいそうになってくる。
「でも、廃部になる、もうだめだーってあきらめかけていた時、このオカルト研究部に救世主が現れたのです!」
スズがセンナを指さすと、センナはうんざりしたように、ため息をついた。
「まあ、わたしもスズ先輩に連れてこられて入部させられたんだけど。最初は断ろうと思っていたんだけどね」
センナが、スズから話を引き継ぐ。
「わたしがオカルト研究部に来た時には、廃部寸前だし、内容もお世辞にもよいと言えないから、オカルトを、ほんとうに科学的に調べようって提案したんだ」
マイは、「科学的」の意味が、よく分からない。
「科学的にって、何か特殊な装置を使って、幽霊をつかまえるってことですか?」
「ううん、ちょっと違うかな。わたしは、あまり幽霊とか超常現象は信じていないんだ。だから、そんなもはほんとうにはないものだ、ということで考えてみることにしたんだ」
「ほんとうにはないもの?」
「うん、存在はしないけど、実際にオカルトは語られている。それはどうしてかっていうふうにね」
よく分からないといった顔で、マイとリンはさらに顔を見合わせる。
「二人は幽霊って見たことある?」
「いえ、ありませんね。リンちゃんは?」
「わたしも、ないです」
「幽霊はみんな見たことがない。でも、話は存在する。じゃあ、誰が見たのか聞いても、知り合いの知り合いってなって、実際に見た人まで、たどりつかないんだ」
マイは、なんとなくセンナの言っている意味が分かった気がした。
「それって、話が作られたってことですか?」
「そのとおり。いつの間にか話が作られて、広まっているってことなんだ。そこで、オカルト研究部は、幽霊を捕まえるのではなくて、どうして幽霊の話が語られるようになったのか。そして、どんなふうに話されているのかを調べることにしたんだ」
「わたしは、実際に、本物の幽霊を見てみたいのだけれどね」
スズが横やりをいれて、コホンと咳ばらいをして話を引き取った。
「センナが、このままじゃ廃部ですよって、わたしを含めて去年までいた先輩方に言うものだから、それにしたがうことになったの。廃部をせまってきていた先生方も、きちんと説得しないといけなかったしね」
なんだか、たいへんなやりとりがあって、このオカルト研究部は存続しているようだ。
「センナは、オカルトについて生徒からアンケートをとって、きちんとまとめたうえで、学園祭で展示をしようって提案してくれたの。それに、科学的な学問にも、こういうことを調べるものがあるらしいの。えーと、ミン……なんだったかしら?」
「民俗学です」
「そうそう、民俗学ってやつ。難しいことは分からないけど、わたしたちは、いまどうしてこんな生活をしているのか、その原因を調べる学問なんですって。それで、オカルトもいまの人たちが語っている、立派な科学の研究材料だって、なんとか先生たちを説得したのよ」
どうやら、よく考えて行動できるセンナが、思いつきで行動するスズをはじめ、先輩たちを説得したようだと、マイは想像した。
「去年の学園祭では、オカルトがどうして語られるようになったのかってテーマで展示をしたの。この富詩木中学校で語られているオカルトもアンケートで調べてね。そしたら先生たちにも好評で。それに、わたしが生徒会長になったものだから、ちょっとたのみこんで、とりあえず部の存続が決まったってところ」
それにしても、どうしてこのスズが生徒会長になれたのか、とマイは不思議に思った。
リンを見ると、やはり不思議そうな顔をしている。
「どうして、天塩先輩は生徒会長になれたんですか?」
リンがストレートに聞くので、マイは驚いてしまった。
「ああ、スズ先輩は猫をかぶっているから。話もうまいし。でも、今日の入学式で、オカルト研究部の宣伝をしていたなんて、ほんとうにスズ先輩には困ったものです」
「ううっ、新入生を前にして、ちょっと熱くなっちゃっただけよ」
マイは、スズとセンナのやりとりを見て、笑いそうになった。
そして、オカルト研究部にも興味をそそられはじめていた。なにより、オカルトが科学的だなんて、なんだかおかしい。
「じゃあ、今年も学園祭に向けて何かやるんですか?」
「そう。それが入学式の時にわたしが言った、二宮金次郎の像について。富詩木中学校では、二宮金次郎が夜な夜な大声で持っている本を読んで、その声を聞いた人は呪われてしまう、っていうオカルトがあるんだけど、その話はどうやって作られて、どうやって広まったのかっていうテーマでね」
そこまで言ってから、スズの顔はけわしくなった。
「でもなかなか情報が集まらなくてね。これまで、生徒にアンケートをとって二宮金次郎の像のオカルトを集めているんだけど、夜に大声で本を読んでいて、それを聞くと呪われてしまう、っていうことくらいしか回答がないのよ。この中学校にくる生徒はだいたいが第一小学校か第二小学校からなんだけど、どっちも二宮金次郎の像がないから、興味を持っている子も少ないんじゃないかしらね」
「たしかに、小学校の時には友達とオカルトの話をしても、二宮金次郎の話題にはならなかったですね。リンちゃんは?」
「オカルトの話はよくしたけど、二宮金次郎は話題に出なかったですね。それに、わたしの知っている二宮金次郎の像のオカルトって、夜に走り回るって話だったと思うんですが」
「そう。よく語られる二宮金次郎のオカルトは、夜に校舎の中や校庭を走りまわるって話が多いのだけど、富詩木中学校の二宮金次郎の像は座っている姿だからね。走り回る姿がイメージできないのかもしれないわね……やっぱりテーマが悪かったかしらね」
スズはセンナと顔を見合わせて、そろってため息をついた。
「まあ、こんな風な活動をしてるわけよ。どう? 入りたくなったでしょ?」
スズがグイグイくる。リンがスズをにらむが、スズはおかまいなしだ。
でも、朝の時のような、嫌な感じはしなかった。スズのオカルト研究部にかける想いが分かったからかもしれない。
センナが、スズを見てヤレヤレといった様子で首を振り、
「まあ、こんな感じで活動しているから。たまには遊びにきてよ。二宮金次郎の像のオカルトも、学園祭にはなんとか間に合わせるつもりだから、そっちもよろしくね」
グイグイとマイとリンに迫ろうとするスズを引き留めて、二人に手を振った。
「失礼しました」
マイは、リンとともに部室を後にした。
「なんだか、おかしな部活だったね」
階段を下りながら、リンが言った。
「うん。ちょっと、イメージしていたオカルト研究部と違ったね」
一階まで階段をおりたところで、マイは本棚から出したオカルトの本を、部室の机の上に置きっぱなしにしてきたことを思い出した。
さすがに、見せてもらった本を片づけないで、出しっぱなしにしておくのは悪い。
「リンちゃん、先に玄関に行ってて」
マイは急いでオカルト研究部の部室の前まで戻った。ドアは少しだけすきまが空いていて、中からスズとセンナの声が漏れてくる。
「せっかく部室まできてくれたのに。センナもちゃんと勧誘してよー」
マイは、自分たちのことが語られていることが分かり、部室に入るのをためらって、少しだけ空いたドアのすきまから、静かに中を見た。
「スズ先輩、どうして学園祭までに部員をあと二人入れないと廃部になることを言わなかったんですか? スズ先輩なら、情にうったえてでも、二人を部活に入れようとすると思ったのに」
「うーん、それはさすがにルール違反かなって思ったのよ。いい子そうだったから、そこまでしたら、きっと悩ませちゃうわ。それは悪いかなって」
フウ、と息を吐いて、センナはスズの頭にポンと手を置いた。
「それはえらかったですね。でも、腕を引っ張るのもルール違反だと思いますよ」
マイは、さすがにいま部室に入る気にはなれず、机の上の本のことは気になったが、そのままリンの待つ玄関へと戻った。
「ごめんね、リンちゃん。運動部の見学会、もう終わっちゃったね」
「わたしも、まあまあ楽しかったよ。見学会は明日もあるしね。それに、わたし、なかなか決められないから」
決められない、と言った言葉が引っかかったが、リンはその後何も言わなかった。
玄関を出ると、夕日に照らされた、壊れて横たわっている二宮金次郎の像が目に入った。マイはリンと一緒に、近づく。
夕日は、二宮金次郎の像に刻まれた傷のあとや、さびついた銅の色を映し出している。
どれだけ長い間、この学校の生徒を見守ってきていたのだろうか。
「ねえ、マイは部活どうするの?」
二宮金次郎の像を見つめながら、リンがたずねる。
「わたし、ほんとうは、部活はあまり考えていなかったの。特にやりたいことがあるわけじゃなかったから。でも、ちょっと、部活も面白そうだなって思ったんだ」
「じゃあ、どこかに入るの? もしかして、オカルト研究部?」
「うーん、それはまだ分からないけど」
二人は並んで下校し、登校中に通った商店街に入る。
商店街は、新しいコンビニやドラッグストアなどのチェーン店も多くなってきたが、昔ながらの古い店も少なくない。
昔ながらのおもちゃ屋さんの前にきたところで、リンが店を指さした。
「わたしの家、ここなんだ」
「朝のあいさつでおもちゃ屋さんだって言ってたよね。ここだったんだ」
「うん。今度、遊びに来てよ」
リンと別れて一人になると、一日のことが一気に思い出された。
(今日は、朝から、びっくりすることだらけだったなぁ)
二宮金次郎の像が倒れてきた時はびっくりした。スズに無理やりオカルト研究部に勧誘されたことも。
(でも、ちょっと、楽しかったかな)
リンと出会い、スズやセンナとも知り合うことができた。みんな、悪い人ではなかった。
それに、オカルト研究部の活動は、とてもおかしなものだった。
マイは、なんだか楽しい中学生活になりそうな気がしてきていた。
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