第4話 入部の儀式
翌日、商店街を登校すると、おもちゃ屋さんからリンが出てきた。
マイは「おはよう」と自然にあいさつができた。
リンもマイに気づいて、「おはよう!」と笑顔であいさつしてくれる。
リンとは、知り合ってまだ一日だが、もっと長いつき合いのような気がする。
校門をくぐってすぐのところに倒れていた、二宮金次郎の像はきれいになくなって、二宮金次郎の像の載っていた台座だけが、さみしくたたずんでいる。
二宮金次郎の像が倒れていた場所から、トラックのタイヤの跡が続いている。昨日生徒たちが帰宅してから、像は回収されてしまったのだろう。
「なんだか、さみしいね」
トラックで運ばれた二宮金次郎を思うと、マイの胸はしめつけられる。
さっそく中学校での授業が始まった。算数は数学と名を変えていた。難しい公式が書かれていて、こんなものを理解できるのだろうかと不安になる。
英語は、ハローやハウアーユーの発音を一人ずつ練習した。発音なんて気にしたことがなかったので、外国語はこんなに難しいのか、と驚いた。
社会は、宗谷先生が全国の都道府県の特徴と県庁所在地について説明してくれた。宗谷先生は旅行が趣味で、全ての都道府県に行ったことがあるという。
新しい授業、新しい環境にとまどっていると、放課後にはくたくたになってしまった。
リンは、見ることができなかった運動系の部活を見学すると言って、校庭に出て行った。
マイは、ほかの新一年生がしているように、中学校の施設を少し見てから帰ろうと、特に目的もなく校舎の中を歩いた。
家庭科室は、古いミシンから最新式の電動ミシンまでそろっていて、ワクワクする。理科室は、見たことのないような生き物が液体の入ったビンに入れられている。ビンには日付が書かれたシールが貼ってあり、マイが生まれるずっと昔のものもあった。人間の骨の仕組みを勉強するための、骸骨も置かれていたのには驚いた。
図書室の前まできた時、ふと、宗谷先生の、全国各地を旅行した話を思い出した。図書室の見学を兼ねて、社会科の参考になる本も探してみようと思った。
図書室は小学校の図書室とは比べようのないほどに、本棚がぎっしりと並んでいる。
絵本や小説から、勉強と関係のある参考書。高校受験の対策も多かった。マイも数年後には、自分も高校受験をするのだろうかと、ぼんやりと思った。
図書室の奥には、中学生が読むには難しいような専門書まであった。ここの本にはほこりをかぶっているものもあり、長い間だれにも読まれていないことが分かった。
ためしに一冊、本棚から抜き出して開いてみる。たくさんの小さな字と難しい漢字で書かれていて、すぐに読む気がうせた。
ふと、一角に昔話や伝説について書かれた本のコーナーがあった。
一冊手に取ってみる。昔話や伝説といっても、小学校の時にマイが読んでいたような、楽しくて感動するストーリーが書かれたものではなかった。そのお話の意味を解説している、難しい本のようだ。
一番後ろのページに、本の貸し出し券が貼りつけられている。日付を見ると、最近の日付だ。このコーナーだけ、本の上にほこりはなく、誰かがよく読んでいるようだ。
「あれ、昨日の?」
「北見先輩?」
昨日、オカルト研究部でお話をした二年生のセンナが、マイの後からやってきた。
「探しもの?」
「ちょっと、図書室を見てみようと思って。あと、社会科の本が気になって」
「ああ、それなら」
センナは一年生の社会の本がある場所を案内してくれた。
マイが宗谷先生の旅行の話が面白かったことを伝えると、関係のある本をすぐに出してくれた。都道府県ごとに分かれていて、調べたい地域をすぐに見つけることができる。
「ありがとうございます。北見先輩、詳しいんですね」
「図書室にはよくくるからね。オカルト研究部の調べもので、関係のあることが書いてある本をいろいろ調べているから」
センナはていねいに本の貸し出しの方法も教えてくれた。
マイが貸し出しの手続きをはじめると、センナは専門書のある場所に戻っていった。
社会科の本を借りることができたので、お礼を言おうと、センナを探す。
センナは、昔話や伝説の専門書が入っている本棚の前に立ち、真剣な表情で本を読み進めていた。集中して読んでいるセンナは、かっこうよく見える。
センナが、マイのきたことに気づいて顔をあげた。
「うまくできた?」
「はい、ありがとうございました。北見先輩は、何か借りるんですか?」
「ううん、ここには探している本はなかったよ。今度、町の図書館に行ってみるよ」
町の図書館まで行くと聞くと、勉強熱心だと思う。
「よかったら、いま借りた本、オカルト研究部の部室で読んでいく? 今日、スズ先輩は生徒会の仕事でいないから、静かに読めるよ」
マイとセンナは連れ立って、オカルト研究部の部室に向かった。
オカルト研究部にくると、センナが折りたたみ式の机を出してくれた。マイは机の前に置かれた椅子に座った。図書室から借りてきた社会科の本を広げる。
見やすいカラフルなイラストや、写真がふんだんに使われていて、分かりやすい。
「何か飲む?」
「飲食していいんですか?」
「うん、でも、あんまり人には言わないでね」
なんだか、秘密のお茶会のようで、ドキドキする。
センナは、電気ポットの電源を入れると、続けて慣れた手つきで急須に茶葉を入れている。目分量で測っていることから、いつもやっていることが分かった。
「昨日はスズ先輩がいろいろ迷惑をかけてごめんね。いま、オカルト研究部はちょっとした危機でね、スズ先輩頭がいっぱいなんだよ」
マイには、昨日部室の前で聞いてしまった、部員をあと二人集めなければ廃部だということを言っていることがすぐに分かった。
「ほんとうは、あんなことまでする人じゃないんだ。だから、許してあげてね」
昨日話してみて、スズがオカルト研究部を大切に思っていることはよく分かった。オカルト研究部を存続させるために、情熱が行きすぎてしまった気持ちも分からなくはない。
電気ポットのお湯が沸いた音がした。センナがお湯を急須にうつすと、緑茶の茶葉のほろ苦くて甘い香りがした。
センナは急須から湯呑にお茶を注ぎ、マイの前に置いた。
(部活がなくなっちゃうって、きっと悲しいことなんだよね)
マイはお茶の入った湯呑を見つめながら思った。
センナはお茶を一口飲んだ。うながされたようだったので、マイも一口飲んでみた。
普段、茶葉から緑茶をいれることはあまりなかった。コンビニでペットボトルに入ったものを買うくらいのものだが、そもそも、緑茶自体飲むことはあまりない。
熱い緑茶のほろ苦さが口の中に広がった。熱さがやわらいでくると、ほのかに甘みも感じられる。湯呑の底には、茶葉の残りが沈んでいる。
「北見先輩は、どうしてオカルト研究部に入ったんですか? 昨日は断ろうと思っていたって言っていましたけど」
センナはゆっくりと湯呑を机の上に戻した。
「最初は、部活なんて興味なかったし、わたし、どちらかというと人づき合いが得意じゃないから、一人で、図書室で本を読んでいる方がよかったんだ」
マイは意外に思った。昨日、話を聞いていると、オカルト研究部は、しっかりもののセンナが主導権を握っているように思えたからだ。
「図書室で偶然、幽霊とか妖怪について書いてある本を読んでいたら、スズ先輩が声をかけてきてね。オカルトに興味があるならって、無理やり部室に連れてこられたんだ」
その時の状況が分かる気がする。
「最初はオカルト研究部なんて入らないって思ったんだけど。部室にきてびっくりしたよ」
「闇の儀式をしていたとか、ですか」
「ううん、それならまだいいんだけど」
闇の儀式でもまだよい、と言ったことがひっかかる。
「部屋は散らかり放題。幽霊や妖怪をつかまえるための虫取り網まであってさ。でも、具体的な目標もない。おまけにこのままじゃ廃部だ、なんて言うから、わたし、思わず、マジメにやる気あるんですか。廃部にならないような作戦考えましょう。そしてまず最初に掃除しましょうって言っちゃったんだ」
センナが仕切っている様子と、スズがあたふたと散らばった本を片づけている様子。そして、見たこともない卒業生たちが、部室をかけまわっている様子を想像すると、マイはだんだんとおかしくなってきた。
「掃除が終わったあと、スズ先輩が、お願い、入部して。あなたがいないと、このオカルト研究部は続かないわって言ってきてね」
上目使いで祈るようにたのみこんでいるスズの姿も想像できる。
「オカルト研究部の先輩たちは、個性的でちょっとおかしくてさ。最初から気軽に話せたから、思わず、入部しちゃったんだ」
センナの話を聞くと、人と話すのが苦手だったことや、はじめはどこの部活にも入る気がなかったことが、自分と重なって思えた。
「卒業した先輩たちとも、スズ先輩とも、とても楽しく活動ができて、いまでは入ってよかったなって思っているんだ」
センナは、ゆっくりとお茶をすする。いまのセンナは、とても楽しそうに見える。
(最初はその気がなくても、入ってみたら、楽しいってことが、あるのかな?)
マイは、手をぐっと握った。
(それに、二宮金次郎のことも気になるし、いろいろ分かるかもしれない)
「あの、北見先輩」
センナが、湯呑を置いてマイを見る。
「わたし、あまりオカルトには興味なかったですし、知識もないと思うんです。でも、二宮金次郎にも興味ありますし、このオカルト研究部は、なんだかおもしろそうだなって」
センナは、じっとマイを見ている。
「単純に、面白そうって理由だけで、部活に入部するのは、変でしょうか」
「ぜんぜん、変じゃないよ」
マイは机の上にあった湯呑のお茶を一気に飲みほした。少しぬるくなっていたが、甘くておいしい。底にたまっていた茶葉ものどをとおっていった感触が分かった。
「わたし、オカルト研究部に入部します」
こういう決断をしたことは、マイの人生の中でなかった。自分からきちんとやりたいことを宣言することも。声がうわずってしまっていたかもしれない。
「ほんとうに、いいの?」
きょとんとした顔でセンナが聞いた。
「はい、よろしくお願いします」
突然、勢いよく部室のドアが開いた。
「おつかれ! あれ? 昨日の子?」
スズが軽やかに入ってくる。
「スズ先輩、今日は生徒会の仕事じゃなかったんですか?」
「思ったより早く終わったからね。ところで、どうしたの?」
スズがマイの方を不思議そうに見た。
センナが、ニコニコしながら、マイの方を示しながら、
「入部希望者です」
しばらく沈黙が続く。
「えー! うそ、ほんとうに! いやったー!」
スズは両手を突き上げて喜んだ。
「これからよろしくね、えーと?」
「はい、渡島マイです」
マイは、心が温かくなるような、うれしい気持ちになった。
さっそく、スズとセンナからオカルト研究部の活動方針を教えてもらった。
昨日も聞いたとおり、二宮金次郎のオカルトを調べるのが、学園祭までの大きなテーマだ。
スズとセンナは学校の生徒に、二宮金次郎の像にまつわるオカルトについてアンケートをとっている。予想では、二宮金次郎のオカルトに関する、色々な話がアンケートで分かるとふんでいたそうだ。でも、夜に本を大声で読んでいて、それを聞くと呪われてしまうという話しか回答が出てこなくて、どうまとめていいのか分からないという。
ひととおり活動について教えてもらったころ、部室のドアが開いた。
「あっ! 宗谷先生」
マイは、担任の宗谷先生が入ってきたので、驚いた。
「あら、渡島さん? もしかして、見学? オカルトに興味あるの?」
「いえ、わたし、オカルト研究部に入部しようと思います」
「わあ、うれしい。わたしのクラスの子がオカルト研究部に入ってくれるなんて!」
宗谷先生はとても喜んでいる。
「サナエ先生がオカルト研究部の顧問なの」
スズが教えてくれた。
「それじゃあ、あと一人入ってくれれば、廃部はなしね。頑張りましょう!」
宗谷先生が言うと、スズの表情が変わった。
「サナエ先生、それはマイちゃんの前では……」
宗谷先生は、しまった、というように手で口をおさえた。
「いや、実は知ってたんです」
えっ、と驚いた顔でスズとセンナ、宗谷先生がマイを見る。
「昨日、一度部室を出てから、天塩先輩と北見先輩が話しているところ、聞いちゃったんです。あ、えっと、盗み聞きしようとしたわけじゃないんです。机の上に本をだしっぱなしにして帰っちゃったので、戻そうと思って」
「なんだ、バレちゃってたのね」
スズが笑いながら言うと、みんなは顔を見合わせて、アハハ、と笑った。
「でも、わたしたちに悪いって思って、入部したわけじゃないよな?」
センナが聞いた。
「はい。わたし、単純ですけれど、面白そうって思って、自分で決めたんです」
それを聞いてセンナはニコッと笑ってくれた。
「それじゃあ、渡島さんの入部を祝して、わたしが旅行に行った時のお土産のお茶で乾杯しましょうか」
宗谷先生がウキウキして言う。
「それ、もう一杯いただいちゃいました」
センナが机の上の湯呑を指さすが、
「お祝いだから別よ。それじゃあ、淹れるわね」
宗谷先生が、テキパキと緑茶を淹れてくれる。
「えーと」
センナが、またマイに向かって言った。
「この緑茶を飲むのは、入部の儀式ってことにしよう。わたしたち、みんな下の名前で呼び合っているんだ。渡島さん。いや、マイ。これからは下の名前で呼び合おう」
マイは少しとまどったが、そんなことはおかまいなしに、宗谷先生がみんなの前にお茶の入った湯呑を置くと、スズがさっそく音頭をとって、
「それでは、マイちゃんの入部を祝って、かんぱーい!」
湯呑をたかだかとかかげた。
マイは、とまどいながらも、グイっと一気にお茶を口に運んだ。
「あつっ!」
淹れたてのお茶は熱くて、かっこうよく飲み干すことはできなかった。
みんなは、アハハ、と大声で笑った。歓迎されている笑いだ。
「これからよろしくお願いします。スズ先輩、センナ先輩、サナエ先生!」
みんなで飲む緑茶は、これまで飲んだどんな緑茶よりも、甘苦くておいしかった。
マイが校舎を出たのは、薄暗くなったころだった。まさか、自分が部活に入部するなんて、思っていなかった。それも、入学式からたった二日で。
ふと、台座だけになってしまった二宮金次郎の像のあった場所が目に入る。この二宮金次郎の像がなかったら、オカルト研究部に入ることもなかっただろう。
「マイ、いま帰り?」
校庭の方からリンが歩いてきた。タオルで額の汗をぬぐっている。
「いろいろ体験させてもらって楽しかったんだけど、どれもピンとこないんだよね」
「わたしは、オカルト研究部に入ることにしたよ」
マイが言うと、リンはとても驚いた顔をした。
「だいじょうぶなの?」
「うん、正直、オカルトってよく分からないんだけど、活動内容は面白そうだったし」
「うーん、たしかに、普通のオカルト研究とは、ちがう感じだったよね」
マイは、リンが「普通の」と言ったのが、面白かった。オカルト研究部というだけでも変わっているのに、それよりもおかしいということだろうか。
「ねえ、リンちゃんもオカルト研究部、一緒に入ってみる?」
しかし、リンは少し考えてから、
「もうちょっと、考えさせて」
と静かに言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます