第2話 オカルト研究部へ!

 教室の前に、クラス分けの名簿がはり出されている。


「わたし一組だ」


 一組から見はじめたので、すぐに見つかった。


 マイの名前の上にリンの名前もある。


「マイとは縁を感じるね、これからよろしく」


 朝の地震で二宮金次郎の像が倒れたのには驚いたし、先輩に絡まれたのには驚いたが、これからの中学生活は楽しくなりそうだと思った。


 朝の朝礼の時間になった。朝礼の時間と同時に、担任の先生が入ってきた。黒いスーツで、ニコニコした笑顔がよく似合う若い女の先生だ。


「みなさん、おはようございます。そして、入学おめでとうございます。わたしは宗谷そうやサナエです。一年生のみなさんの社会を担当します。そして、この一組の担任です」


 落ち着いた様子でゆっくりと話していて、好感がもてる。


「これからは小学校とは違った生活がはじまります。分からないことや困ったことがあれば、いつでも相談してくださいね。それでは、体育館に移動して、入学式をおこないます。校長先生や、生徒会長が入学をお祝いしてくれるので、きちんとお話を聞きましょうね」




 富詩木ふしぎ中学校の体育館は、小学校の体育館二つ分というくらいの広さだった。


(知らない人が、こんなにたくさん!)


 マイは、大勢の人が集まった場の空気に飲まれて、緊張してしまった。


 新一年生がそろうと、さっそく校長先生のあいさつがある。体育館正面のステージの上に立った校長先生は、富詩木中学校に入学した一年生を心から歓迎すると言ってくれた。


「入学式のこの地震は驚いたでしょうけど、きっと一つのいい思い出になります」


(あんなことあったら、忘れたくても、忘れられないよ)


 校長先生は、倒れた二宮金次郎の像が、今夜にも撤去されてしまうことを伝えた。


(二宮金次郎の像がなくなっちゃうなんて、やっぱりさみしいな)


 二宮金次郎の像がなくなってしまうことは残念に思えた。ただ、そもそも二宮金次郎は歩きながら本を読んで勉強した立派な人、ということくらいしか知らない。


(そういえば、富詩木中学校の二宮金次郎の像は、どうして座って本を読んでいる姿なんだろう)


 マイはそんなことを考えていたが、校長先生のあいさつが終わって、次にステージに向かって歩きだした女子生徒を見て、二宮金次郎の像への疑問は吹き飛んだ。


(あ、あの人!! 朝に会った天塩先輩!?)


 マイをオカルト研究部に勧誘してきたスズは、朝とはうってかわって、歩き方はモデルのようなさわやかな姿勢で、おしとやかな印象でステージにあがった。


「みなさん、ご入学おめでとうございます。わたしは、富詩木中学校三年生、生徒会長の天塩スズです」


(せ、生徒会長!! オカルト研究部の部長って言ってたけど!?)


 スズは、微笑みをうかべ、一年生時代のエピソードを織り交ぜた、新入生歓迎のあいさつをした。


「みなさんはこれから、たくさんの楽しいこと、苦しいことを経験すると思います。でも、最後にはきっとよい思い出になると思います。わたしたちと、充実した中学生活を送っていきましょう」


 話し上手で思わず引き込まれる。あいさつが終わると、新入生から拍手が起こった。


 ただ、生徒会長のスズは、拍手が終わっても、まだステージを降りようとしない。


 スズは会場が静かになったのを確認すると、コホン、と一度咳ばらいをした。


「ところで、みなさんはもう部活はお決まりですか? 今日は二宮金次郎の像が壊れてしまいました。あの二宮金次郎の像には、とてもおそろしいオカルトがあるんです!」


 一年生の間から、突然どうしたのだろうと、ヒソヒソと声が漏れた。


「実は、この富詩木中学校では、二宮金次郎が夜中になると、持っている本を大声で読み始めるというオカルトがあるんです! わたしたちはその話の真相に迫ろうと、日々研究をしているんです!」


 集まった一年生はみんな、びっくりしている。さきほどまで、おしとやかだった生徒会長のスズが、突然、二宮金次郎のオカルトを、熱を込めて語りはじめたのだ。


「え? 二宮金次郎の像が夜に本を読むの?」


「なにそれ、こわい!」


 スズは、さらに話を続ける。


「だけど、これにはさらに驚くことがあるんです。みんなそのオカルトを知っているのに、実際に声を聞いたっていう人はいないんです! わたしたちオカルト研究部は、この不思議なオカルトが、どこで作られたのか、誰が広めたのかを、究明しようとしているのです!」


 ステージの上のスズを見ると、ますます自信のある顔になっていっている。


「どこで作られたのかって、オカルトって作り話なの?」


「誰かが広めたって、そんなことつきとめられるの?」


 体育館が、みんなのザワザワした声に包まれる。


「興味のある人は、ぜひ、わがオカルト研究部へ入部してください!」


 スズが熱っぽく続けると、ステージ下の先生がたまりかねて、大声をだした。


「天塩さん、部活の話はいまはダメ! そろそろ話を終わらせて!」


「えー、でも部活の勧誘は今日から解禁じゃないですか。まあ、そういうわけで、みなさん、楽しい中学生活を送ってくださいね」


 スズは一礼してステージを降りていった。言いたいことは言った、という満足そうな顔だった。先生たちはというと、ヤレヤレといった表情で首を振っていた。




 クラスに戻っても生徒会長の話でもちきりだった。


「あの先輩、かっこよかったね」


「えー? わたしは、ちょっと、変な人だと思ったよ」


 スズの評価は二つに分かれていた。


 マイは、スズのことをこわい先輩だと思っていたところに、入学式でのスピーチを聞いて、おかしな先輩という印象が加わった。


(オカルト研究部って、お化けとかUFOみたいな、不思議なものを探したり、魔術の研究なんかもしたりするものだと思っていたけど、そうじゃないんだ。オカルトがどこから広まったのか、誰が広めたのかを調べるって、おかしなオカルト研究部だな)


 しばらくして、宗谷先生が教室に入ってきた。


「みなさん、今日は入学式おつかれさまでした。生徒会長のスズさんですが、少し変わった子ですが、とてもよい子ですので、嫌いにならないでくださいね」


 スズへのフォローをしてから、これからの中学校での生活や、小学校と違う教科の説明。みんなが気になる成績のつけ方などを話してくれた。そして、部活の話も。


「部活の見学会は、さっそく今日からはじまります。よく考えて、決めてくださいね」


 マイは、自分が部活をしている姿を思い描こうとしても、いまいちピンとこない。


 運動も得意ではなく、小学校での休み時間は、友達と教室で時間をつぶしていた。


(部活かぁ……リンちゃんは、運動できそうだし、スポーツ系かな)


 ふと、リンがどんな部活に入るのかが気になった。


「中学校の説明はこのへんにしておきます。では、みなさんから自己紹介をお願いしたいと思います」


 自己紹介と聞いて、マイの体はこわばった。この緊張で、昨夜は眠れなかったのだ。


「じゃあ、まず石狩リンさんから」


 あいうえお順で、最初にリンが指名されると、すぐにリンが立ち上がった。


「はい、わたし、第二小学校からきた石狩リンです。商店街のおもちゃ屋に住んでいます。まだ入る部活は決めていませんが、中学校では部活を頑張ろうと決めてきました。よろしくお願いします」


 とてもハキハキとしたスピーチだった。


(リンちゃん、おもちゃ屋さんの子だったんだ。そして、まだ部活決めてないんだ)


「では、次は渡島マイさん」


 早くも、二番目がマイのあいさつだった。


(ううっ……あいうえお順で早い人は、不利なんだよね……)


 緊張で顔が真っ赤になってしまう。そして、頭の中も、真っ白だ。


「あの、第一小学校からきた渡島マイです。えーと……」


 ふと、リンをみると、ニコリと笑ってくれたのが分かり、少し安心する。


「わたしはまだ、部活には入るかどうか決めていませんが、楽しい中学校生活を送りたいと思います。よろしくお願いします」


 先に話してくれたリンと同じことを言ってしのぐことができた。


 その後の自己紹介では、野球やサッカー部に入ることを宣言している生徒がいた。音楽が好きで、吹奏楽部に入るつもりだと、もう楽器を持ってきている生徒もいる。


(みんな、自分の意見をはっきりと言えて、すごいな……)




 放課後になり、帰り支度を整えていると、リンが話しかけてくる。


「ねえ、マイもまだ部活決めてないんだよね。このあと部活見学、一緒にいかない? わたしの友達、もう入る部活決めちゃってる子ばかりだから」


「えーと、うん、ちょっとだけ見ていこうかな」


 マイとリンはまず文化系の部活を見て回った。合唱部、手芸部、料理部などもあった。料理部では野菜たっぷりのランチをふるまってくれた。毎日おいしいものを作って食べることができるのなら、おもしろそうだな、という気持ちが少しだけわいた。


「わたし、体育館と校庭でやっている運動系の部活見てくるけど、マイはどうする?」


「わたしは、運動はやめておくよ」


「そっか、じゃあ、またね」


 リンが運動系の部活を見に、体育館の方へ行ってしまうと、少しさみしくなる。


 玄関で靴を履き替え、校舎を出ると、倒れてしまった二宮金次郎の像が目に入る。いまは赤いコーンで周りを囲まれ、生徒が触ることができないようになっている。


 近くで見てみようと、二宮金次郎の像に近づいてみる。腰から二つに割れてしまった二宮金次郎は痛々しい。腰から下の足と切り株の部分は、見ていると不思議な感覚になる。いっぽうで、腰から上の、本を離さずに読んでいる姿は、たとえ銅像であっても立派だ、と思った。


 ふと、オカルト研究部部長で、生徒会長のスズが言っていた、二宮金次郎が夜に本を大声で読む、という話を思い出す。


 そもそもマイのいた小学校には二宮金次郎の像はなかったので、友達との怖い話の中でも、あまり話題に出てくることはなかった。


(でも、おかしいな?)


 二宮金次郎の像にまつわるオカルトは、テレビや本などで知っている。マイの知っている内容は、二宮金次郎の像は夜な夜な校舎の中や校庭を歩いたり走り回ったりするものだ。


(天塩スズ先輩の言っていたのと、わたしの知っているオカルトと、内容がちがうかも)


 二宮金次郎の前で、そんな疑問をいだいてしばらく考える。


(オカルト研究部なら、そんな疑問が解決できるのかな?)


 マイは、自分がオカルト研究部に入っている様子を考えてしまった。


 二宮金次郎の像のオカルトが作られたことや、広めていった人を調べるのは、なんだか探偵みたいで、おもしろそうだ。


(ううん、ダメダメ、あんな先輩がいるところだもん)


 ふと、スズのことを思い出して、いま考えていたことを忘れようと頭を振ると、


「朝の子!」


 後ろから、今日の朝とまったく同じ声が聞こえた。後ろを見るのが怖いが、マイは、おそるおそる振り返る。


「天塩先輩……。それと、北見先輩?」


 生徒会長でオカルト研究部部長の天塩スズと、朝、そのスズの頭を本でたたいていた、二年生の北見センナが立っていた。


「あ、あの、わたし、部活は……」


 マイは、しどろもどろに言う。


 また、無理やり勧誘されてしまうのではないかと思って、怖くなる。


 しかし、スズは落ちついた声でゆっくりと、


「今日の朝は、ほんとうにごめんなさい」


 と言って頭を下げた。


 マイは、きょとんとした。スズには、朝の勢いがまったくない。


「新入生のあいさつでも話したとおり、今日から部活の勧誘をしていいことになっていたの。そんな時に、オカルト研究部でちょうどいま調べている二宮金次郎の像が倒れてしまったから、興味を持ってくれるかと思って、張り切りすぎちゃったの」


 スズが、申し訳なさそうに言う。


「え、スズ先輩、今日の新入生へのあいさつでも、オカルト研究部のこと話したんですか?」


 センナが、スズをにらんだ。


「ううっ、まあ、それはさておき、ほんとうにごめんなさい。どこかで会ったら、きちんと謝ろうと思っていたの。とても反省してるわ」


 スズはもう一度頭を下げた。


「えーと、頭をあげてください。わたしは、だいじょうぶです」


「怖い思いさせちゃったわね。腕、痛くなかった?」


 スズは、マイの腕を見る。


「はい、だいじょうぶです」


「それはよかったわ」


 ニコリとスズが笑った。


 マイは、スズはそんなに悪い人ではないことが分かった。情熱が行きすぎてしまうこともあるが、人を心配することができる優しい人なのだろう。


「わたしたち、これから部活の勧誘をしようと思っているの。よかったら見学にきてね」


 スズは、マイにオカルト研究部の部員募集のチラシを差し出した。


 しかし、そのチラシをパシっと横からひったくった人がいた。


「リ、リンちゃん!」


 体育館に運動部の部活を見に行ったリンだった。


「マイ、だいじょうぶ? また変なことされてない?」


リンは、スズをにらんだ。マイがまた、強引に勧誘されていると勘違いしたようだ。


「リンちゃん、違うの。いま、天塩先輩、朝のこと謝ってくれたところだったの」


「そ、そうなの?」


 リンは、少しだけ警戒をといたようだ。


「なんだか、ごめんなさい。二人を、ほんとうに怖がらせてしまっていたようね……」


 スズは、悲しそうな顔をした。


「センナ、校舎の中で勧誘しましょうか。それじゃあね」


 スズは、センナをうながして校舎の中に行こうとする。


 なんだか、スズがかわいそうだ。たしかに、朝は嫌な気持ちにさせられた。でも、もうスズが悪い人だとは思っていない。きちんと謝ってくれる、優しい人だと思う。


「あ、あの!」


 マイは、遠ざかっていくスズとセンナを呼び止めた。


「えーと、見学だけなら、できますか? 入部は、考えてからにしますので」


 言ってしまってから、自分でも驚いた。オカルト研究部の活動が少しだけ気になったのは事実だ。だけど、人と話すのが苦手で、自分から人に話しかけるような性格ではないのに、立ち去ろうとする人を引きとめてしまったからだ。


「ほんとう? 大歓迎!」


 スズが満面の笑みで、マイに抱きつこうとする。


 すかさずリンがスズを押し戻して、またにらんだ。センナは、スズを後ろから抱きかかえて、動けないようにする。


「スズ先輩が暴走したらわたしが止めるから。じゃあ、ついてきて。えーと、あなたはどうする?」


 センナがリンに問いかけた。


「そういえばリンちゃん、運動部を見てたんだよね」


「うん、体育館の部活は見たから、今度は校庭でやっている部活を見に行くところだったんだけど……。でも、心配だから、わたしもついていくよ」

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