第3話 結び

「はい」

「ゆ、雪子。俺だよ。聡史。覚えてる?今日さ、一緒に小笠原に行った時のビデオを見ててさ・・・懐かしくて電話しちゃった。今どうしてる?元気にしてる?」

 俺はドキドキしながら話した。電話の向こうにはちょっと年を取った雪子が、俺の声を聞いて嬉しそうに微笑んでいる姿が浮かんで来た。

「で・・・まだ独身?」

 返事がない。俺は思いっきり、はずしてしまったみたいだ。

 電話したことを激しく後悔する。


 しばらくして、電話から思いがけない声がした。


「パパ?」

 

 その声はさっき電話して来た妻だった。


「私のこと忘れちゃった?」

「え?」

「私たち、あの旅行に行った時、車の事故にあったんだよ・・・。パパがレンタカーを運転して、ガードレールに激突して、頭を打っちゃって・・・私の顔はめちゃくちゃに潰れちゃって・・・もう、前の顔がわからないくらいに、顔が変わってしまって」

「え?」

「パパ。俺の責任だからって、こんな私とでも結婚してくれたんだよね」


 俺は真っ赤になった。

 俺はようやく気が付いた。

 あのブルドック女は雪子だったんだ・・・。


「パパは事故の後遺症で、時々記憶が飛んじゃうんだよね」

「そうだっけ・・・ごめん。忘れてて・・・」


 あの女が雪子?全く別人だ。


「嘘だろ?雪子がそんなに変わるはずない」

「でも、パパも変わっちゃったよ。大変だと思うけど」

「俺は変わってないよ」

「私、別に離婚してもいいんだよ」

「ま、待てよ!」

「じゃあ、謝って」

「ごめん・・・本当にごめん」


 俺は素直に謝った。記憶障害の自分は一人では生きていけない。ブルドック顔の女でも妻だと思って我慢しなくてはいけない。俺は散々妻に説教された。


「パパは私の顔のことをいつも言うけど、パパだって記憶が飛んじゃって、色んな人に迷惑かけてるんだよ?自覚ないの?今日だって、介護で戻って来てるのに・・・」


 俺は何度も謝った。

 これが俺の人生か・・・。

 あの時間はもう決して戻って来ない。

 若く、健康で、未来があった俺たち。

 

「じゃあ、切るね」

「待って。子どもたちは?」

「ゆうは北海道で、まおは中国にいるよ!忘れたの?」

「何でだっけ?」

「ゆうはあっちで酪農をやてて、まおは旦那さんの転勤で一緒に海外に住んでるんだよ。ベッドの横に置いてあるノート読んで。あと、クローゼット勝手に開けないでね」

「うん。ごめん」


 妻は電話を切った。



 俺はビデオをまた再生した。

 自然と涙が溢れて来る。


 雪子・・・。

 愛してるよ・・・。

 俺のせいで、ごめんよ・・・。


 俺は泣きながら、その動画を消した。

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