第2話 占い

 その格好は忘年会の出し物でに笑顔を差っ引いた感じだった。


 コスチュームは即興でこしらえられた感じで、机は小学校から壊れかけたものをかっぱらって来た様だった。上には白い布が掛けてあり、と書かれた提灯が置かれていた。


 見るからにどこかの量販店で調達してきたようだった。明らかにこの提灯を置いたことで客から信用を得ることは諦めている。が、この提灯が無ければこの男が占い師なのかわからない。提灯を置く価値はそこに見出すことが出来た。


 提灯の横には所謂いわゆる虫眼鏡が置かれていて提灯とは違って経年劣化が見て取れた。それは、それで、不自然である。


 商売道具が汚れていては不味まずかろう。第一虫眼鏡は人の手相をみるものなのだから、新品同様に手入れが行き届いていないと、おかしい。それに、手相を見るにしては小さ過ぎないか。


 最後に目に入ったのが提灯の反対側に置かれた筮竹ぜいちくだった。本数は、何となく二十本揃っているように見えたが、提灯同様、真新しかった。実際に筮竹を見たことは無かったが本物はもっと長かったような気がした。


 これらのの状況を総合するとやはり忘年会の出し物に行き着いた。

占い師は僕のこの男に対するを気に留めず続けた。

ただ、こので立ちで新宿に登場する勇気には頭が下がる。


「本当に占って良いですか?」


佐久間は呆れた表情で答えた。

「本当に、って本当にわかるのか?」

占い師の表情から先程の動揺が少し収まったように見えた。

「ええ。分かります」

「だったら今日俺たちは何人で飲む予定だと思う?」佐久間は少し意地悪な質問をした。


 この問いに対し、占い師の表情に現れた自信が僕の興味を答えに注目させた。さて、筮竹を使うのかそれとも虫眼鏡を使うのだろうか。


 予想はかなりの高い可能性で筮竹だったが、この占い師の場合虫眼鏡を選択するようなことを仕出かしそうだった。占い師は少し間をおいて答えた。何も手に取らずに。


六名ですか?」


 やはり、この占い師の小道具は自分が占い師にふんするためのものか。忘年会では占う時に小道具をそれらしく使って、その結果を読む振りをする過程がある。


 しかし、この占い師はその過程を飛ばした。と言う事は、この占い師は何ものだ。考えをそのまま述べたのだ。


 そして今占い師が使ったは自信が無いように見せかける為で、明らかに自分の答えに自信があり、まぐれで当たったことを強調し、僕たちをより驚かせる為に使ったのだ。だが、この答え方が片桐ワールドの始まりを告げたのだ。


「確かにこの場合、俺でも、まず五人とは言わないな。だってそうだろう、もし、本当に五人で飲むのだったらこんな質問はしない。


となると答えは、六人か十人となる。六人の場合はもう一人は男性になる。そして十人の場合は、五対五の食事会だ。


 しかし、食事会という可能性は低い。まず俺達の服装が統一されていない。これは、会社の集まりではなくて学生の頃か、それよりもっと古くからの知り合いの可能性が高い。よって、第三者的な存在は交えずに飲みたいと思っている。


 それにこの年齢で食事会に新宿を選ぶのもセンスが良くない。だから十人はあり得ない。七人以上となるとこの場に女性が少なくとも何人かは・・・」


「とにかく頼もうか」


 片桐の加速を抑えるかのように佐久間が割って入った。片桐を抑えた判断にはみんな感謝していた。


 それは、他の誰もが占い師の化けの皮を剥がそうとするものが片桐以外に現れなかったことから明らかだった。


「では、始めさせて頂きます」とだけ占い師は言った。


慌てた口調で最上が割って入った。

「所で、料金は幾ら?」

「本当に占ってもいいのなら料金は頂きません」


 再度片桐に打順が回ってきた。当然、前回の打席は消化不良である。野球で言うと四球で歩かされた様なものだ。

「タダ程高いものはないから」

片桐の言葉に対し占い師は平然と答えた。

「確かにそうかもしれませんね。でも価値は無限大かも。ゼロで割り算しますから」


 占い師は、僕らに結論を委ねた。即興そっきょうの占い師が料金を取らないことで先程の嫌な気持ちが大きくなった。くだらない占いごっこを料金の支払いで跡形もなくにしたかった。占い師は僕達が立ち去ろうとしないのを見届けて占いを始めた。


「これから、あなた方にとってとても大切なことをお伝えします。これをどう受け取るか、それはあなた方次第です。


1、2007年3月2、

2、2010年6月5日、

3、2012年8月9日、

4、2012年10月26日、

5、2020年11月23日、

6、2052年8月4日。


 占い師は今回も準備していた筮竹も虫眼鏡も使わなかった。何をどう占ったのか。頭の中で打ち出の小槌こづちでも振ったのか。別に打ち出の小槌である必要も無い。だた、ランダムに日付を構成する数字が出れば良い。そう、サイコロやルーレットなど。


 僕は取り敢えず占い師にもう一度打ち出の小槌を頼み、占い師は再び日付を言った。1回目と2回目の日付が同じだったのか分からなかった。


 電話番号も一度で覚えられないのに、六つの日付なんて覚えられる筈がない。具体的な日付は思い出せなかったがとにかく僕は口を開いた。


「何の日付だ?地震でも起きる日なのか?」


最上は僕より記憶力があるらしく、具体的な日付を口にした。

「だけど、一つ目の3月2日って言えば、来週だよな~来週、地震があるとは思えんけど。ひょっとして誰かの誕生日か。ちなみに俺は七夕なので俺の誕生日ではない。そういえば、3月2日はカレン・カーペンターズの誕生日じゃなかったっけ?」


苦笑いを浮かべながら片桐が答えた。

「誕生日じゃないな。年がすべて未来だから」


冗談で言ったのだよと言いたげに最上が答えた。

「確かにそうだな。となると、やっぱり未来を予言しているのか。でも、タダで占ってもらえたのだから、楽しみに何が起きるかその日付を待ってみるか」


 重村を見るとなにやら書き留めていた。さすが重村である。占いになんて興味ないのに冷静に書き留めるとは、技術者はデータのみが信じられるのだろうか。それを頼りに今回はサイコロを頼んだ。


「占い師さん、もう一度振って、いや言ってくれる?」


 占い師はサイコロを振り一つ目の日付を言った。メモの日付と比較するとそれは一致していたが偶然も有るだろうと思った。


 占い師は二つ目の日付を続けた。再びメモと比較した。またも偶然が起こった。なかなかやるな、と思った。結局6回目も占い師はメモ通りの日付を繰り返した。サイコロには鉛が仕込んであるのか?僕は占い師に尋ねた。


「この日付は何を意味している」


占い師は、信号機の如く機械的に発した。

「それは言えません」

「それを言わないと占いにならないでしょう」


 占い師はかたくなに答えられない、の一点張りだった。苛立ちを覚えたがこれ以上押し問答をしても帰省渋滞の様に前進する望みが無いので諦めた。と言うより、諦めざるを得ない。無料と引き換えに占い師への質問権を放棄したのだ。


 重村もメモをしまい今にも歩き出そうとしていた。皆も重村の行動に同調し、佐久間が占い師への礼を買って出た。


「このことは僕らの為に大切にさせてもらうよ。ありがとう」


捨て台詞は大人のコメントだと僕は感心した。


 一旦占い師が視界からいなくなると、先程の日付だけが静寂な湖に石を投げ込んだように意識の中に広がった。これは、占いに対する対価を支払わなかった事に起因しているように思えて、料金を渡しておけばと後悔した。


ただ日付だけを告げた占い師に、ミステリー小説でトリックを最後まで明かさない以上にもどかしさを覚えた。それよりも何か解せなかった。

「さっきの日付、気にならないか?」

「来週いいことが起こるのでは」最上は特に気に掛けた様子も見せず楽観的に言った。


 僕は妙な気持ちだった。途中で川の流れが逆流している。太陽が西から昇る。真夏に雪が降るように。いやそんなものではない。僕が感じている不自然さは科学的な事ではない。もっと身近で起こりえるようなモノだ。


 左右の靴を反対に履くとか。日本で運転していて、いきなり米国で運転するとか。いや、これでもはっきりし過ぎている。


 数回しか会ったことの無い人に何ヶ月か振りに会って、七三分けの髪型が左右入れ替わったとか。一卵性双生児に会ったばかりでAだと思って話しているが本当はBだったとか。


 とにかく、釈然としなかった。僕は片桐と目が合った。片桐も同じ様に感じているのが分かったが、お互いそれを声には出さなかった。そもそも、折角久しぶりに会ったのにな邪魔が入った。


 これは、容易に避けられたはずなのに何故こうなったのか分からない。巧みに仕掛けられた様にも思えた。

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