贈り物
@Trimura
第1話 始まり
2007年2月23日(金)
僕、
今日、およそ1年ぶりに学生時代の友人に会う。
就職して早10年が経つ。当時、彼らとは定期的に集まっていたが時の経過とともにそれぞれの会社中心に意識が広がり始めた。と言うより、そうせざるを得なくなった気がする。
一旦、真面目に足を踏み入れると社会的地位の確立とそれに伴う犠牲を払う。いや、犠牲を払っているなんて気付きもしない。消費税込みの値札の様に。
上昇したければ立ち止まる事を許さない社会構成である。そんな中、今回の集まりの持つ意味は大きかった。その後の人生を左右するとは。
僕の会社は渋谷駅の東口から六本木通り沿い徒歩5分に自社ビルを構えている。勤務地を答えると皆同じ様な反応を示す。
『羨ましいですね』と。このやり取りを重ねる度に、『羨ましい』の具体例を考えていたが、何もないと気付いた。買い物が好きでもないし、帰宅時に寄り道をするわけでもないので、特に恩恵を受けるわけでもない。唯一のメリットは、飲み会の幹事になった時の選択肢が多いことである。
予定通り仕事を終え、渋谷駅から山手線で待ち合わせ場所に向かった。
新宿駅で、電車を降り西口を目指した。運悪く西口は降りたホームの遥か後方だった。真っ直ぐに伸びたホームを蛇行せずに歩くのは容易ではない。ポケットから懐中時計を取り出し時間を確認した。
腕時計を筆頭に、指輪、ブレスレットなど、体を圧迫する気がして身に付けない。結婚したら、指輪をどうするのか今のところ決めてはいない。
懐中時計に3分以内の誤差を期待しないが、それを考慮しても待ち合わせには間に合いそうだった。しかし、新宿を過小評価しておりホームを渡りきった頃には、混雑の中に小額の時間の貯金は引き出されていた。
階段から改札までは更に混雑の度合いは増した。全額引き出した挙句、借金をする羽目になりそうだった。
案の定改札を出た頃には遅れ気味だった。今日はなんとしても遅れたく無かったので急いだ。途中で合流すると最初の照れくさい独特の感覚をみんなと共有出来ないからだ。
改札を出るとダムから開放されたように歩みも自由を得た。これなら、借金を全額返済出来る。待ち合わせ場所は目の前に見えた。周囲と同じ体温を持つ無機質なモノが赤ランプを
目の前を横切る車の隙間から目を凝らすと、待ち合わせ付近で見覚えのある二人の男がいた。あれは
規則的に出来る車の隙間から二人だとはっきりし始める。最上と佐久間で間違い。そこへ、一人の男が近寄って来た。僕は懐中時計に目をやり、ぴったり19時を確認した。さすが
僕の知る限り重村は時間と言う借金も貯金とも無縁なのだ。重村のお陰で懐中時計の時間を調整する必要はない事が分かった。
三人は周りが全く見えないほど昔の感覚を取り戻す過程を楽しんでいるようだった。
数分後あの輪の中に居る事を想像すると、無機質だった赤でさえ血色良く映った。
信号が変わり歩みを再開し、彼らに近づくに連れて抑えられない心の高ぶりが足を加速させどんどんと足音を強めた。
「よう! 沢村じゃないか。元気そうだな」
「ああ、この通り。そっちは変わりない?」
「みんな見ての通りさ」と最上が代表した。彼らの顔を見て僕は彼らと会えなかった一年と言う時間を埋めるのに言葉はそれほど必要ないことを改めて感じた。
僕は、体調も良く本当に元気であったが、例え、元気がなくとも、彼らに会うとなれば、元気に映ると思う。
「片桐はまだのようだな?」
僕は、含み笑いを添えた。最上はその意味を受け取り、
「相変わらずだ。だけど、先に来て待っていられると調子が狂ってしまうけど」
当然の如く佐久間が即座に続けた。
「確かに。あいつはいつも最後に登場するから」と言って首を傾げて続けた。「ところで、重村はいつも時間には正確だ。なぜ、鉄道会社に就職しなかったのだ?日本のシステムは凄いぞ」
やや不快な表情を浮かべながら重村が言う、
「俺が運転する訳でもないし、今のシステムでも我慢できない。比較対象が悪すぎるのでは」
確かに重村の性格だと、日本の鉄道システムでも到底満足できない。
重村の生真面目過ぎるところがずっと気になっていた。重村のまじめさと片桐のアバウトさを足して半分に出来ないか考えるが、実際にそんな事をすると予想に反しとんでもない性格の人間が生まれるし、友人としての舵取りは僕らの役目だろう。
『うーんナイスショット! うーんナイスショット!』
「誰の携帯だ?」最上が何故これを着信音として選んだのか信じられない表情で言った。
僕の携帯が鳴ったのだ。ゴルフが一向に上達せずお世辞抜きで『ナイスショット』なんて言われたことがない。この着信音の開発者も同じ願望を持っていたのだろうか。着信は固定電話からだった。
「はい。そうですが。ええ、片桐の秘書・・・・・・承知しました。ありがとうございます」僕は電話を切った。
「秘書ってどう言うことだ」最上が興味津々で訊いてきた。
「片桐の秘書だった。遅れて会社を出たので、そろそろ着く頃だそうだ」僕は呆気にとられていった。
「片桐らしいっちゃらしいが、秘書がいるとはね」そして、最上は続けそうになったので、重村が割り込んだ。
「最上、それ以上続けなくていい」
僕らは、秘書のネタで昔盛り上がった事があり、最上が何を言おうか分かったので、大笑いした。
「やっぱり現地集合が良かったかな」秘書ネタを言えなかった最上が言った。
「まあ、いいじゃないか。こうして昔のように片桐を待つのも」これは僕の本心だった。
「ところで重村、仕事の方は大丈夫か?相当残業しているだろう」
商社勤務で自動車業界の事情を知っている佐久間が尋ねた。
「そうだな。今量産の準備で、あるシステムで見込みが立たないものがあって大変なのだ」
「あまり無理するな」
僕はようやく日高からのメッセージを伝える機会を得た。
「そうそう、日高から会社に連絡があってあいつは遅れるから先に店に行ってくれだと」
佐久間が少し怪訝な顔をして言った。
「俺らには連絡は無かった」
佐久間が言った意味はあまり深く考えなかったが残念そうな表情を見せていた。
「片桐!時間通りだ」
重村が片桐に気がついた。
「お前の登場の仕方には安心する。片桐時間は不変のようで」
「期待を裏切らないのも大変だ。それより、沢村、俺からのプレゼントは届いたか?」
「たかが電話では喜ばないよ。でも、みんなでありがたく頂いた」僕は片桐のジョークが昔から好きだ。
揃った所で、僕らは店に向かった。オフィスを出た時は肌寒むかったが、今は丁度だった。気温は確実に下がる傾向にあるから、体温が上がったのか、感覚が麻痺したかどちらかだろう。
流石に夜の新宿は混んでいた。予約していた店は東口なので、この混雑の中を歩く必要がある。何故、待ち合わせを西口にしたのだろうとふと思ったが気に留めなかった。
五人揃って歩くのはなかなか困難で重村と佐久間が先頭に立ち、彼らの後を見失わないように付いていった。
彼らとの距離は渋滞の如く遠くなったり近くなったりを繰り返した。突然、重村が立ち止まったので彼らとの距離は無くなった。
「凄い行列だな。しかも行列の殆どは女性だ」
行列の後ろから目を走らせ
「あれは、占いの行列だ。まあ、何を占ってもらっているのかは、あの行列を見れば分かると思うけど」
なるほど佐久間の言う通り、少数派の男性の半分は揺ぎ無い現実思考者か詰まらなそうに寒空の下待っていた。もう半分は交際歴が浅いのだろう。今の彼らは、とにかく一緒にさえ居れば楽しい。
僕も過去に昔付き合っていた人と占って貰った経験がある。あんな行列に並んだ覚えは無いが、その結果によれば今もその交際相手と仲良くしている筈だった。
その交際相手と別れたのは奇しくも占って貰った一週間後だった。占いが破局の原因ではないかと思わせるタイミングで、別れの時は訪れた。今回もこの占いが全ての始まりになるとは思いも寄らなかった。
「おい、隣をみてみろ。誰も並んでない」
何やら重村がもう一人の占い師に気が付いた。
確かに、勝ち組と負け組がこんなところでも存在しているとは、現実の厳しさに身が引き締まる思いがした。競争社会に一番近い所に身を置く片桐がけん制してみせた。
「結局占いなんて気休め。時間掛けて列に並んで、苦労した分当たるだろうと納得したいのだ。だからあえて並ぶのだ。人間少しの努力なら惜しまないけど、本当に成功したいのなら毎日ちゃんと努力すればいいだけの話」
久しぶりだが、片桐の刀は錆びていなくちゃんと磨がれていた。
「だけど、隣の占い師も運が悪い。列の方はたまたま言った事が当たった。当てられた女性はお喋りで、この占い師の噂が広がった。誰もが良い結果を求めて、それなりに頑張れば上手くいくと言われ、まんまとその気になった」と言いながら僕は二人の占い師を見比べた。明らかな違いは行列の方は女性で、不運な方は男性だった。
とにかく僕の思考回路からあの行列に並ぶような発想はでない。恐らくここに居る誰からも。しかしその思いは直ぐに覆された。そしてそれはこの中で占いとは縁遠い佐久間から出たのだ。
「そうだ、俺らも占ってもらわないか」
耳を疑った。あまりにも信じ難い提案だったので、占い意外に何か目的でもあるのか考える程だった。この時この微細なシグナルの真意を読み取れなかった。
僕らの思を最上代表した。
「ちょっと待て。あんな行列に並んだら、予約に間に合わない」
最上にしてはかなり柔らかな言い草だった。しかし、最初から佐久間はあの行列に並ぶつもりはなかったようだ。
「だったら、隣に並ぼう」
女性の占い師が若くて可愛かったら別だが、この場合どちらに並ぶのかは問題では無く、どちらにも並ばない事が正解であり、少し皮肉った言い方をした。
「確かに隣に俺たち5人も並んだら、それなりに行列に見えるかもしれない。こっちは男ばっかりだけど。大体一人も並んでいないのは異常だと思うけど。故意に客を追い返しているのではないか?」
片桐も続けた。
「やれやれ、あの占い師のサクラになる義理はないと思うけど」
佐久間には僕らの言葉が冗談としか思えなかったのか、占い師に近づいて行った。僕は、戸惑った。隣で並んでいる客が佐久間を不思議そうに見ていた。そりゃそうだろう、とても勇気のある行動なのだから。
どうしてそっちに行くの?と言いたげだった。佐久間はお構いなしに占い師の前まで行って告げた。
「すいません。この五人の将来を占ってもらえませんか?」
最上は呆れた表情で僕を見たが、僕は諦めていた。佐久間がここまで占って欲しいなら、成り行きに任せてはどうかと言う意味を込めて僕は片桐に判断を委ねた。
僕自身どちらでも良かった。佐久間がこんなことを言うのは意外だったし、折角五人集まったのだからゲーム感覚で楽しい気もしたからだ。それに、誰も並んでいないので時間の心配はない。
片桐も僕に
「占い師さん頼むよ」
占い師は少し驚いた様子で答えた。
「五人で良いのですか?」
最上も仕方なさそうに言った。
「仕方がないな。折角集まったのだから全員頼む」
占い師は当惑した表情を見せた。少なくともそう映った。年齢は僕らと同じくらい。この年で脱サラなのか。見た目にはやる気が
「今日は、あなた方が始めてです」
理由はわかる気がしたが、それにも増してその事を全く気に止めない態度が嫌な予感を与えた。
占い師ならもっと怪しげで、いかにも魔術でも出来るような印象を与えても良い。いや、そうすべきだ。最低限の営業努力ではないか。
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