第二話 辞表
ジョン・リークの逮捕から一か月。薬物による逮捕者は社会に大きな混乱を呼んだ。リークが言うように大勢の人間が捕まった。会社員、主婦、技術者、公務員、教師、医者、政治家、青少年達。中には七歳で逮捕された子供までいるという話だった。この街の人口比で言うなら、二十人いれば一人は逮捕されている。そんな状況だった。
全く、世の中どうかしている。そしてどうかしているのは、今の俺の状況もそうだった。
俺は
「つまり……LSはお払い箱?」
俺が聞くと、チーフは少しの時間をおいて答えた。
「そうは言わん……いや、そういう事だな。リークが救世主扱いの今、お前の逮捕の方法は……強引な方法と考えられている」
「強引……ね」
ふん、と、鼻で笑ってしまった。その強引を通すための存在がまさしく
「まさかこんな事になろうとはな……」
チーフが独り言のように言い、体を起こして椅子にもたれかかった。
逮捕後にジョン・リークは声明を発表した。あらかじめ録画されたものであり、逮捕された場合に公表するよう組織の者に命じていたとのことだった。
全体が十七分で結構長いが、要旨はこうだった。
フレグランスは違法薬物ではなく、社会の弱者のための薬品であり、神経の病や身体的な困難を克服するために存在している。
そのような薬品が大量に出回り必要になるほど現在の町は病理に溢れている。それもすべて現在の政治構造が問題の根源である。
フレグランスこそがこの社会への特効薬である。これを奪う事こそが犯罪なのだ。
自身の行為の正当化。ちゃちな演説だと思ったが、この街の住人……フレグランスを使っている奴らにとっては重大なものだったらしい。かつては大麻を合法化するための運動があったそうだが、その時の比ではない。
まるで我々から酸素を奪うなとでもいうような勢いで運動が起きている。無ければ死ぬ。連中はそう思っているようだ。
「民主主義って奴だろ。俺のガキの頃にはまだ残っていたらしいが……こんな形で再燃するとは」
ジョン・リークは革命の旗手として祭り上げられ、いくつもの団体がフレグランスの合法化とリークの無罪を要求している。既にフレグランスを使っている者と、使おうとする者達。実際、フレグランスによる神経症の改善効果は大きい。戦争で汚染されたままのこの街の大気の中では、健康でいることは難しい。フレグランスは実際的な特効薬なのだ。
「汎人類型知能、アークによる統治が始まり半世紀……結局、人間は何の進歩も出来なかった。平和も正義も、箱庭の中だけのものだったようだ」
「どうでもいいさ。それで俺は……? 警察署で備品の管理でもやるのかい」
「処遇については検討中だ。それまでは自宅待機となる」
「ふうん。スクラップにされなくて済んだか」
リークを逮捕した俺、LSは運動家にとっては悪魔のような存在となっていた。しかもただ逮捕したのではなく、両足を切断するほどの重傷を与え、右腕にも障害が残る結果となった。怒りは大きく、LS全体への強い批判となっていた。
かねてよりLSはその強引な捜査方法や逮捕が社会的な問題となってはいたが、ジョン・リークへの不当な銃撃、暴力が決め手となり、最早そのシステムを存続させることはできなくなっていた。懐かしき民主主義が俺達の存在を葬ろうとしている。
「それで……あんたはどうなる? LSユニット発足の功労者は?」
「私は……辞表を書く」
疲れ切った様子でチーフは答えた。その唇を動かすのさえ重く困難とでも言うように、どこかあいまいな言葉だった。
「何? どっかの企業にでも天下りするのか」
「違う……」
チーフは俺の目を見て言った。
「妻がフレグランスを使っていた……それも常用者だ。半年前からな……今は家を出て活動にも加わっている。ここに私の居場所はもうない」
「そいつは……お気の毒」
チーフは俺から視線を外し俯いた。
窓の外には赤い光が見える。またどこかで火事が起きているのだろう。そして少なくない死者が出ているはずだ。それにLS狩りと称される殺人も何件か起きている。集団に襲われ、俺の同僚が少なくとも二人殺されてしまった。俺達の能力も暴徒相手にはあまり効果がないようだった。
何だか縮んでしまったようなチーフを見ていたが、もう俺がここにいる意味がなくなってしまった。これ以上の言葉はもう不要だった。俺はLSのバッジとブラスターを机に置き部屋を出た。
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