好きなもの

その日梨子さんはいつもより早く来た。ベッドにいた僕は無理矢理起こされ着替えされられ、次に外に引っ張り出された。気付いたときには梨子さんの車の中。


「どこ行くんですか?」


ぼーっとした頭で尋ねる。


「ホームセンター」


ああ、荷物持ちか。理解、理解。


勝手に家に入れたのは気分が良いとは言えないが、そこはまあいいや。


そのときふと、あることが頭をよぎった。思ったまま口にする。


「どうやって僕の家に入れたんですか?」


鍵はかけてある。その他のセキュリティも問題ない。なのにどうして。


僕の心配など知らない梨子さんはさらっと、しかし耳を疑うことを言った。


「え、この前優が合鍵くれたんじゃん」


「……え?」


待てよ待てよ。いつ、どこで、誰が、何をしたって?


「だーかーらー、僕に何かあったらすぐに駆けつけられるのは梨子さんだけなので貰ってくださいって言ってたじゃん」


……あー。思い出した。


当時の自分を責めたくなる。恋人じゃあるまいし、合鍵とか普通渡さんだろ。


思わずため息を吐くと、こっちがため息だわ、と梨子さんに怒られた。


「合鍵の件はとりあえず置いといて、今日は優の家具を買いに行きたいと思いまーす。お金は私持ちだから気にしないで。優の部屋って殺風景すぎるんだもん」


「えっと、え?」


嫌ではない。むしろ嬉しい。特にこだわりがないとは言っても、寂しい部屋だとは少し思っていたから。


「ありがとう、ございます」


嬉しさと戸惑いで、カタコトなお礼になってしまった。



ホームセンターの中は暖かくて、肌寒い外よりはるかに心地いい。秋らしい柄のクッションやベッドカバーなどが目立つように置いてある。


梨子さんはここに慣れているのか、迷うことなく進んで行って、カーテンコーナーで立ち止まった。


「優の部屋さ、薄いカーテン1枚だからちゃんとしたのにしよ?」


「はい」


「どれがいい?」


どれがいいかと問われても、自分が何を求めているかが分からないため、答えられない。


全部いいようにも見えるし、違うようにも見える。


「ゆっくりでいいよ」


「すいません」


なんだか申し訳ないけれど、すぐに決めることもできずに、沈黙が続いた。


時間をかけて、やっと僕は深いブルーのカーテンを選んだ。


「これにします」


「うん!いいね」


梨子さんがにこりとした。不意なその笑顔にドキリとした。


その後、クローゼットや棚とかをひたすら選んだ。家に帰って組み立てて、作業に疲れたから夜はすぐに眠れると思ったのに、昼間の梨子さんの笑顔が離れなかった。


なぜかその顔を振り払いたくて、ベッドから体を起こす。思考をシャットダウンするように、大音量で音楽を聴いた。

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