第51話 聖女の作戦
エクリュベージュは久しぶりに街中への出向いていた。
町娘らしい服装をするだけの少しの変装で街の中をキョロキョロとしながら歩いている。
先ほどゴルディウスに伝えた内容は簡単だ。
アホ二人の安い企みのせいで聖剣の主が身を隠していると伝えるだけでいい。
聖剣の形状が精霊の力で“宝珠”の形態に変わることなどおとぎ話で皆が知っている。
その状態の聖剣を見つけ出すなどエクリュベージュにしかできない事だ。
そして仮に見つけた時、彼女の傍に騎士が居れば聖剣の主も容易に名乗り出さないだろう。
そこまでゴルディウスに裏を読ませ、近場での監視を止めさせたのだ。
まぁ、距離を開けての監視は続いているがそこは織り込み済み。
エクリュベージュは逃げるための術をどんな法術や武術よりも磨いている。
相手が金剛騎士団とはいえ、聖剣の主と二人なら逃げ切れる自信があった。
「ふぅ……」
エクリュベージュは少し息を吐く。
街中に出てから聖剣の主の気配はどんどんと近づいている。
それはいいのだが、それでも相手の顔もわからずに接触するのは困難だ。
行き交う人々を目で追い、すれ違う人の気配を探る。
徐々に集中力は高まり、少しずつ周りの景色がスローになっていった。
そんな時、ドンッと少年がぶつかってきた。
「きゃっ!」
「わりッ!」
走り去る後ろ姿からスラムの子供だとわかる。
しかし、その体から聖なる気配は感じられなかった。
「むぅ……」
集中力を切らされて少しむくれていると、誰かに袖を引っ張られる。
「これ返しとくよ」
「え?」
振り向いた先にいた青年が自分の手の上に見覚えのある金袋を置く。
「さっきアンタにぶつかった奴がスったのが見えたからな」
「どうも……ありがとう」
言葉に詰まる。
息の吸い方を忘れたように呼吸が止まり、渇いた喉を鳴らす。
目の前にいる彼こそ聖剣の主だと本能が告げている。
彼からはおとぎ話に出てくる勇者のような優しさも、雄々しさも、凛々しさも感じられない。
どちらかと言えば、先ほどの少年と同じくスラム街出身と言われた方が納得できる。
ブラウンカラーの髪や目から察するに貴族の子供が親に捨てられてというパターンも無さそう。
体つきは戦士として未熟の一言で切り捨てられ、纏う法力の流れから法術に長けているとは考えにくかった。
おとぎ話とは縁遠いどこにでもいるようなただの男。
それもどことなく幼さが見える。これをパッと見で“少年”と見間違った大司教たちを一方的に責める事はできないだろう。
「ボーッとしてっけど、大丈夫か?」
酷く自分の理想からはかけ離れているが、声を掛けられると素直にエクリュベージュの心臓が跳ねた。
自分に向けられた声には優しさが詰まっている。
本気で自分の事を心配するように瞳を覗き込まれている。
それだけでエクリュベージュは頭から煙を立ち昇らせていた。
「え、あ、はい。ありがとうございます」
「……変な奴だな」
「そう……ですか?」
「あぁ。前に捕り返した奴はそのまま腕掴んで騎士団に引き渡そうとしたからな」
青年の言葉にエクリュベージュの口元がヒクつく。
「……そんな事があったのにわざわざ取り返したんですか?」
「ん?そりゃあな。困ってる人に優しくすりゃあ、聖人になれるらしいしな」
心底どうでもいいような言い方。
恐らく善意でやったわけじゃない。
もしかして他に意図がある?
私が聖女だと知って接触している可能性は大いにある。
あの方が助言してさえいれば……。
「それ一応、中身確認して。後で変に揉めたくないしな」
「え?あ、はい」
思考の海に囚われる前に我に返ったエクリュベージュは自分の金袋を開く。
そこに入っていた見覚えのある宝珠が目の中に入り、一瞬だけ目を見開いた。
しかし、それ以上の反応が出ないように息を整えながら、中身を確かめるフリをした。
「はい。大丈夫です」
「んじゃ」
そう言って少年は人混みの中へと消えていった。
残された金袋からサッと一つの宝珠を取り出し、握りしめる。
そのままエクリュベージュは先ほどと同じようにキョロキョロと街の中を進み始めた。
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