第40話 説教と僅かな進歩
「対人戦において、“殺せない”のと“殺さない”のには大きな隔たりがあります。特に“殺さない”を選べるのは限られた強者のみ。弱い人には選ぶ権利すら与えられません」
いつになく真面目に言葉を紡ぐのはセレスティア。
そして、彼女の目の前で項垂れ正座しているのはルークだった。
ちなみに他の面々もルークの両隣に正座中。
「今はルークさんやレオナちゃんの昔の話は置いておきます。ですが、盗賊とは一般人にとって“交渉できない人でなし”、“人の皮を被った悪魔”、“不意に訪れる死神”です。仮に出会ったのなら、降伏でも反撃でもなく逃亡一択です」
そう……。先ほどまで行われていた盗賊一行との戦闘。
それは酷く一方的なものだった。
アカネの固有領域を出てすぐに三人は森を彷徨っていただけの盗賊たちと遭遇。
盗賊たちも急に人が出てきて驚いていたものの、彼らの行動は早かった。
真っ先に女であるセレスティアを抑え、人質にしようと武器を振り上げる。
しかし、セレスティアは元騎士。
そんな不意打ちなど予想の範疇であり、難なく彼らのアゴを殴って無力化した。
他の盗賊たちはその間にとルーク、レオナへと近づき武器を振り上げる。
ここでセレスティアにとって予想外のことが起こる。
ルークは咄嗟に避けるも、距離を開けるだけで反撃には移らなかった。
これはレオナの方も同じで、警戒こそしているが攻撃へ移ろうという意思が感じられない。
「ルークさん!聖剣で応戦してください!」
この人数差ではセレスティアにも余裕とは言い切れない。
この場で聖剣の名前を出す事をためらいもせずに忠告すると、ルークはその言葉通りに聖剣を顕現させる。
手には蒼銀色の剣。
しかし、その目に戦う意思は宿らなかった。
「ルーク……さん?」
セレスティアはほんの少しだけ揺らいだが、今は目の前の戦闘に集中すべきと盗賊に向き合った。
だが、既に盗賊たちは厄介そうなセレスティアからルーク、レオナへと攻撃目標を切り替えている。
それでもなお、ルークたちの視線は逃げ道を模索していた。
「殺したら死んでしまうのは当たり前です。それで殺したくないと言うのもわかります。それでもその道を選べるのはいつだって相手よりも実力が上の人間だけなんです」
ルークとレオナが戦おうとしなかった理由。
それは殺したら死んでしまうというごく当たり前の事を怖がったから。
盗賊団にいた時からこれは変わっておらず、必要が無ければたとえ襲ってきた相手だろうと殺さないようにしていた。
ただし、弱き者が強き者を見逃すなんて事はあり得ない。
先の盗賊との戦闘もセレスティアが彼らより強くなければ、悲惨な結果にしかならなかっただろう。
だからこそ、無用な殺生を避けたいのなら誰よりも強くなるという想いとそれに相応しき鍛錬が必要となる。
「今のままだと騎士団に囲まれればすぐに片が付いてしまいます。レオナちゃんの術で逃げ続けてもいずれは捕まってしまう」
この逃亡生活を共にする四人の中で一番強いのはセレスティアだ。
それはセレスティアを除く全員が理解していた。
「セレスティア」
ルークはようやく腹を決める。
今まで逃げていた事に向き合うように。
「オレに戦い方を教えてくれ」
逃げる事は恥ではない。
それでも……いつまでも逃げ続けることはできない。
いつかは踏ん張って何かに立ち向かう必要が出てくる。
ルークの場合、それが今この瞬間だった。
いつの間にか増えた大切なモノたちを守るための力を得るため、ルークは文字通りに剣を手に取った。
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