第36話 聖女


「それで?一週間経ったにも関わらず、聖剣は未だ行方知れずと?」

「ええ」


 大司教の部屋。

 そこで一人の女性が蒼い瞳を鋭く光らせ、眉を落としている大司教を睨みつけている。

 大司教はその眼に圧され、握りしめた手をより一層固く結んだ。


 聖堂教会の聖女【エクリュベージュ・パルホワイト】。

 貴族の娘として生まれ、聖女としての才覚を示し、聖剣の精霊に尽くし、認められた“ただ一人”の女性。

  “神が造り賜うた聖女”と噂されるほど容姿端麗であり、その美しさは聖女となった後も国内外の貴族から見合い話が持ち込まれるほどだ。

 しかし、彼女の優れているところは容姿だけではない。


「茶番に付き合えと言うからわざわざ運んできたというのに、随分と杜撰な対応ですね」

「なッ!?茶番では……!」

「茶番でしょう?昨日、レイヴン様の顔を立ててこの国の第一皇子に会いしましたが、アレに聖剣の主たる資格があるとは思えない。まさか、大司教ともあろうお方がそんなことまで気付けないくらい耄碌していると?」

「もッ……!ゴホン……そんなことくらいわかっています。ですが、国王陛下の意向を無視するわけにもいかないのです」


 大司教は国内にある教会の中では一番地位が上だが、国の中で見ればそれほど地位が高いわけではない。

 国王に直接頼まれれば、無下に断ることが出来ないのだ。


「まぁいいです。では、話を戻しましょう。聖剣を持ち運べるのは私か、私と同じ聖女の資格を持つ者。そして、聖剣の勇者となるべきお方のいずれか。それをガードゥン大司教は犯罪者として指名手配した……。これは背信なのでは?懇意にしている異端審問官に連絡しましょうか?」

「まッ、待ちなさい!私が神の教えに背くなどあるはずがないでしょう!」


 エクリュベージュは僅かに笑みを浮かべたまま、青い顔になる大司教へと近づき執務デスクに腰を下ろす。


「では、どういう意図でセレナとその他を犯罪者のように扱ったのですか?いつもなら外聞を気にして黒錆(こくしょう)騎士団を使って秘密裏に事を進めているというのに……。いくら聖剣の試しをクリアした人間がいるからと言って、大事にする必要はなかったはず。まぁ、目撃者の中に要人がいたのであれば話は別ですが?」

「グッ……」


 目の前にいる小娘に自分の思考を読まれているようで、大司教は気づかぬうちに歯を食いしばっていた。

 噂以上の才媛。

 見た目の美しさや貧しい村民への奉仕活動など取るに足らない。

 一番恐ろしいのは、エクリュベージュの能力だ。

 改ざんしたはずの情報から事実に近い所まで読み取った頭の回転力と、蒼銀騎士にも劣らぬ戦闘力。

 聖女が住む教会の神父が「恐ろしい」と愚痴をこぼしていた理由がようやくわかった。

 この女は私にすら手に余る……。


 大司教は諦めるように大きなため息を吐き、自分でさえ引き込まれそうになる美しい顔に目を向けた。


「これから言う内容は他言無用でお願いしますよ」

「ええ」


 どこにでも不正や買収などの組織的腐敗は生まれ得る。

 自分の利益を追求した際、リスクをもみ消せる立場にあれば手を出したくなる禁断の果実。

 エクリュベージュはそれらの悪徳を責めるつもりなど無い。

 それらは生き物として当たり前の行動であり、それらを否定すれば人は人ではなくなってしまうとも考えている。


「なるほど……。そちらの意図はわかりました」

「では、聖剣の捜査を手伝ってくださいますね?」

「そうですね。ただし、こちらからもいくつか要望があります。あぁ、今しがたの話も踏まえた上での事なのでご安心を。お互いに全力を尽くしましょう」


 ではなぜ、“悪い事”とわかった上で、悪徳の者に手を貸すのか……。

 それはその方が自分にも利益が生まれるからだ。

 神に仕える大司教、聖剣に認められた聖女と言ってもそこらにいる同じ人間であることには変わらない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る