第34話 聖剣の主の逃亡
「「「え?」」」
「まさか……?」
「おいおい!あれって……!」
「嘘だろ!?」
そんな声がどんどんと聖堂内を伝播する。
アカネがそれらの声に気づいた時には、思わず耳を塞ぎたくなるほどの歓声が轟いていた。
皆が興奮した笑顔を向けてくる中、アカネはどうしたもんかと顔をしかめていた。
これが聖剣の偽物と言い張っても聞き入れては貰えないだろう。
だからと言って、真正面からこの人混みの中を脱出する術もない。
マズイ……。非常にマズイ…………。
アカネはかつてないほど頭を働かせ、どうにかこの場を脱出する方法を考えた。
それでもこれだけの視線が集まる中、気付かれずに逃げ出すことは不可能に近い。
さっさとこんな場所を抜け出さなければならないのに……と考えていると、騒ぎを聞きつけた壮年の男性の声が聖堂内に響き渡った。
「どうしました?何があったのですか?」
聖堂の奥からやってきたのは一際豪華な神官服を身に纏った男性二名。
アカネはその二人の登場に希望を見出す。
幸いなことに、二人は体型的に対照的。しかも、太っている方の衣服の装飾が多く、パッと見ですぐにどちらの身分が高いか理解できた。
また、それまでアカネに視線を向けていた周りの人々も教会のトップ2が出てきたため、拝礼のポーズをとる。
不幸中の幸いとはこのことである。
「大司教、枢機卿!ご覧ください!聖剣の主様がとうとう現れました!!!」
一番近くにいた神官が二人に近づき、興奮の冷めぬまま二人に向かって叫ぶ。
すると二人は溜息を吐いた。
「聖剣が抜けただと?何を馬鹿な……」
大司教も枢機卿も聖剣の試しがどういうものかを理解している。
だからこそ、神官の言葉をすぐに信じることができなかった。
しかし、馬鹿馬鹿しく思いながらも神官の指さす先を見て目を剥く。
みすぼらしい神官服の少女が“決して抜けないはず”の聖剣を握り締めていたからだ。
「……あの少女は何者ですか?」
「そこまではまだ……。身なりからするに田舎の神官のようですが」
「そんな事は見ればわかります。あの少女を奥へ通しなさい。仮にも聖剣の主なのですから、手荒な真似はしないように」
「え?あ、はい!」
大司教の不思議な注意に驚きながらも、神官はアカネの元へと走る。
「枢機卿。貴方はルーヴルと他二名を追いなさい」
「畏まりました」
枢機卿はチラッとアカネの方を見てから、言葉を続ける。
「当初の予定通り、聖剣の窃盗で問題ありませんね?」
「“ええ、問題ありません”」
「では、失礼します」
枢機卿が奥へと戻り、大司教はアカネの方に体を向けて足を踏み出す。
すると、アカネがおもむろに聖剣を大きく振りかぶった。
同時に大司教の足が止まる。
何をしようとしているのか理解できてしまい、ぶわっと全身に汗が噴き出る。
「せぇっ…の!」
アカネの手から放たれた聖剣は一直線に大司教へと向かう。
反射的に身を屈めると、自分の首があった位置を通過して聖剣が柱へと激突する。
地面にカランと音を立てて落ちる聖剣。
その聖剣を見つめながら大司教の頭は空転していた。
次々と起こる不測の事態。
しかも、この神聖な場所で……、衆人環視の中での暗殺未遂。
それをやったのは聖剣を抜いたという少女だ。
何一つとして現状を把握できないまま、自分を殺そうとした少女を睨みつける。
しかし、視線の先にはもう誰もいない。
一瞬の出来事に気を取られていたせいでその場にいた全員がアカネの存在を見失ったのだった。
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