第19話 哲矢へ

 シアニーは、発声には練習が必要だと言うけど、僕は、哲矢が病室にいるうちに、一刻も早く伝えたい。

 そうしないと、3人共、もう家に戻ってしまいそうだから!

 早く、発声法を習得しないと!


「てつ……や……て……つや……」


 やっと、文字を繋げるコツを少しずつ覚えて来た!

 この調子なら、もうすぐ、哲矢の名前をそのまま呼べそうだ!

 よ~し、頑張るぞ!!


「てつや……」


 蚊の鳴くような声とは、こんな声の事を言うのだろうか?


 とても、自分の口から出た声と思えないほど、か細い。

 やっと、名前を呼べたものの、こんな小さいボリュームでは、とても哲矢の耳元にまで届いているとは思えない。


「てつや……」


 それでも、何度か哲矢の名前を発しているうちに、哲矢の目がパッと見開かれた。


「えっ……?」


 哲矢は驚いた風な顔をして、キョロキョロと辺りを確かめ出した。


 聴こえていた!!


 やった~!!

 僕の声、哲矢に届いたんだ!!


「哲矢、どうしたんだ?」


 落ち着きがなくなった哲矢に気付いた、お父さん。


「それが、今ね、何だか誰かが、僕の左耳で呼んだような声がしたんだ……」


「誰かって、誰が? 僕ら家族の他には誰もいないぞ」


 哲矢の言葉の意味が飲み込めない、お父さん。


「うん……他の人じゃなくて、多分だけど、お兄ちゃん……?」


 少し躊躇いがちに哲矢が言った。


 哲矢、僕だって気付いてくれていた……!


「何言い出すの、哲矢? そんな事、有り得ない! 有り得るわけないじゃない! 左の耳元でって。第一、功薙いさなは、このベッドに寝ているのよ!」


 大きく目を見開いて驚き、病室には相応しくないほど大声でまくし立てた、お母さん。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る