第33話 歌蘭の話③

 オフ会を開催する山口へ向かう道中、私は憂鬱だった。

 新幹線の隣には光莉がいる。是都これとは別行動だ。

 光莉も浮かない顔をしてため息をついている。

「光莉…じゃなかった〔みけりす〕、何かあった?元気無いみたいだけど。やっぱりオフ会なんて嫌だよね?」

「あ、うん。正直、オフ会は行ったことないけど、飲み会は苦手。皆知らない人だし。でも、間川さん…じゃなくて〔まいうい〕ちゃんが一緒だからそれは大丈夫。」


「じゃあ、何でそんなにため息?」

「…私ね、振られたのかもしれない…。」

「彼氏いたんだ?」


「うーん、私はそう思ってるんだけど…。

 彼、大学院生なんだけど、飲み屋で女装してバイトしてる人なのね。そこに会社の人に飲みに連れてかれて、出会ったんだ。

 何回か飲みに行ってから仲良くなって、ある時ちょっと困った事があって、彼に助けてもらったの。

 で、お礼も兼ねてデートに誘って…。

 その時はバイトとして助けてもらったからお金払ったんだけど、それとはまた別にお金を貸したんだ。

 学費を払わなきゃいけないのに、親の仕送りが無くて、大学の研究が忙しかったのと風邪で休んだからバイト代が足りないって言って。

 『お金貸すけど、返せなかったら責任取って私と結婚してね』って酔った勢いで言ったら、笑って『オッケー』って言われたの。

 その後も、彼がバイト行く前にデートして、その後一緒にお店に行って、バイトが終わるまでお店で飲んで、その後も一緒に帰ったりして…。

 これって付き合ってるんだよね?

 でもね、最近あんまり連絡取れないし、バイトの前も終わってからもデートしてくれなくなって…。」


 私はちょっと言いにくかったけど、正直に、

「それはデートじゃなくて、“同伴”なんじゃない?付き合ってる…のかなぁ?

 お金もさ、騙されてるんじゃない?返す気無いなら、詐欺っていう方が近いかも。」と話したら、


「同伴て何?ちゃんとデートしてたよ?

 それに、詐欺って酷い!彼はそんな人じゃないよ!」って怒られちゃった。


 ごめん、何も知らないのに…と謝って、これ以上要らない事は言わないでおこうと話題を変えた。


「今日の山口のオフ会って、家族には言ってきたの?」


「ううん…。実はさ…。」


…何だ?この、裏に何かあるような、勿体ぶる言い方。


「お父さんが…。

 ううん、やっぱり何でもない。

 そうそう、怒られるの嫌だから、お母さんには内緒にしてきた。」


「お父さん?」


「ごめん、何でもない。大丈夫。

 間川さん…あ、〔まいうい〕ちゃんに誘ってもらって良かったよ。早くオフ会のメンバーに会いたい。

 ちょっと彼のことで落ち込んでたけど、楽しみになってきた。」


 話題を変えて良かった。光莉が元気になってホッとした。


 でも、一次会が終わって、光莉が酔い潰れてしまう。

 私がホテルへ連れて帰ろうと思ったけど、Zがアイコンタクトで“送るな”とサインを送ってくる。

 そしたら〔松下村〕さんが光莉を送ると言い出した。


 2人を見送ってから、2次会の店を探すために、残ったメンバーでブラブラ歩き出したところで是都が「チャンスだ。今からホテルへ行って様子を見てこい。」と言ってホテルのカードキーを私に差し出す。

「何で〔みけりす〕の部屋の鍵持ってるんですか?」と聞くと、

「さっきバックの中から抜いといた。“落ちてたよ”って言って、返しついでに、ね。」


 何が“ね”だ。とイラッとした。


そして「2人がもしなってたらラッキーだな。証拠押さえとけ。でもそうじゃなかったら、次にお前が彼を部屋へ誘って、ハニートラップ仕掛けるんだ。」と指示を出してきた。

 「えー…そんなこと無理かも…。」と言うと、「必要なら連絡してこい。急げ。」と言われ、タクシーをすぐ拾って2人を追い、ホテルへ向かった。


 私がホテルへ着くと、前のタクシーがホテルから出て行くところだった。タクシーは回送の表示になってる。

 ということは、2人で部屋に入ったのか…?

 そう思いながら光莉の部屋へ行くとドアが開いていて話声が聞こえる。


 やっぱり2人は部屋に一緒に来たんだ。

 光莉が泣いてる?襲われたのか?

 でも、ドアにストッパーを噛ませてあって半開きになっているので近寄れないし、覗くわけにもいかない。

 怪しいけど、2人の部屋から見えない場所でずっと様子を探った。

 声は聞こえるので、どんな感じかは分かる。どうやら襲われたのではなさそうだ。


 ちょっと経ってから2人が部屋を出て、自販機でビールと酎ハイを買ってまた部屋へ戻る。

 それからすぐに〔松下村〕さんが廊下のトイレに行き、戻ってきてから程なくしてイビキが聞こえてきた。

 光莉が部屋を出てドアを閉めると光莉はロビーへ移動した。

 〔松下村〕さんが寝てしまったのだと理解した。


 光莉がロビーで携帯を見始めたので、その隙に一旦外に出てから、今帰ってきたような感じでまたホテルの中へ入る。

 そして光莉に声をかける。


 光莉は、〔松下村〕さんが突然倒れ込むように寝てしまって、起こしても起きなくて、部屋に一緒にいる訳にもいかなくて困ったと言う。

 私達はフロントへ行って許可をもらってから、光莉は私の部屋で一緒に寝ることにした。

 

 その後、私は是都の指示に従い、光莉から部屋の鍵と光莉が書いたメモを預かって、ハニートラップを仕掛けられるかどうか部屋に様子を見に行く。


 光莉が言った通り、ベッドに倒れ込んだようにうつ伏せでしっかり寝入っている。


 私は、まるで襲われてるような写真でも撮れないかな?と試そうとするけど、なにしろ〔松下村〕さんの体がデカくて重くてびくともしない。

 ちょっと動かそうとすると、ブンッと手を払われて、その衝撃で飛ばされてしまうくらいだ。


 是都に連絡したら、「すぐ行く」と言う。

 私は是都が到着するまでの間、一旦自分の部屋へ戻り、光莉が寝たのを確認してからまた〔松下村〕さんが寝てる部屋へ向かう。

 是都も到着して、2人で頑張ってみたけど、やっぱり全然動かせない。男の力でも動かせないくらい巨体なのだ。そしてまた手で払い退けられる。

 なんとか写真が撮れる体制にして撮ってみたけど、全然使い物になりそうもない。


「そもそも、一緒にいたわけじゃない私と撮ったところで、不自然過ぎてダメじゃないですか?」


 是都が、チッと舌打ちをし、「残念だけど、今回は諦めよう。まあ、そもそもはこんなことする予定ではなかったからな。また他の方法を考えてみる。」と言ってくれたので、私は何もしなくてよくなり、心底ホッとした。

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