第16話  図鑑を持った男の子

 統選者選抜が始まって早三日。

 統選者選抜では敗北した、つまり殺されて亡くなった参加者について毎日ニュースで伝えている。保は自分が戦ったあのガラの悪い男が統選者選抜の戦いに敗れ亡くなったことをニュースで知った。


 体に埋め込まれているマイクロチップはその人の位置情報、生死、バイタル情報などを常に政府に送信している。統選者選抜の戦いが始まれば、政府の担当部署の人間がマイクロチップの位置情報を元にその場に急行し、戦いに決着がつけばその場の後処理を行う。


「統選者選抜の参加者はこの三日で約五千人から三千人まで減少しました」

 テレビの中の女性アナウンサーが伝えている。

 統選者選抜の参加者数は何人という具体的な人数は決まっていない。昔は数万人という規模の年もあったらしいが回を追うごとに参加者は減少傾向にある。


 今日は洋服店に出向く予定だ。

 今後、戦いの中で前回のように服が破れたりすることも考えられる。予備の服として買っておくつもりだ。洋服店は通学路の途中にあるため、自転車に乗りいつもの道を進む。

 ガラの悪い男と戦ったコンビニの近くまでやって来た。するとあの日と同じようにピピピという音が鳴り始めた。保はその音に驚きすぐに自転車を止め、音のする方向に目を向ける。

「あの時のお兄さん。やっぱり休みの日でもこの道通るんですね」

保の視線の先。声をかけてきたのは小学校高学年くらいのリュックを背負い図鑑を脇に抱えた男の子。保は近くに自転車を置き男子児童に訊く。

「あの時? 君とは初めて会うと思うが?」

「そうかな? ここお兄さんの通学路なんでしょ? 僕もここが通学路だから何度かは会ってると思うよ。ちなみに三日前は確実に会ってる。ああ、会っているってのは不適切かな? 一方的にこっちがお兄さんのこと観察していただけだし」

 年齢にそぐわない喋り口調だ。

「観察?」

「そう、観察。たまたま少し遅れて学校に行っていたら、三日前のあの日、お兄さんがあのガラの悪いお兄さんと戦っていたのを見かけて観察していたんだよ」

「だとしたらおかしな話だ。あの場で他の統選者選抜の参加者が近くに来ていたのなら音が鳴るはずだ。観察していたというならこちらから見えない場所にいたわけでもないだろうし」

「ちゃんといたよ」

 男子児童は右手の人差し指を空に向けてそう言った。

「空?」

 保は空を見上げ、男子児童が空を飛ぶような力かと考えを巡らせるが、口調や態度からこの子は賢い。だから、戦う前に自分の力を教えるような真似はしないだろうと考え自分の考えを否定した。

「お兄さん。今、僕が正直に自分の力を言うわけないと思ったでしょ」

「……心でも読む力かな?」

 保は自分の考えが見透かされていることに少し焦った感じだ。

「残念はずれ。心を読むことはできないんだ」

 男子児童は脇に挟んでいた図鑑を手に持ちパラパラとページを捲り、あるページで自分の手をそのページの上に置き続けざまにこう言った。

「僕の力はね【画に載っているものを目の前に取り出す力】だよ」

 男子児童が図鑑のページから手を離すと、その図鑑から五匹のネズミが飛び出してきた。ネズミたちは保に向かって飛びかかるが、保は全てのネズミを手でいなす。

 いなされたネズミは弾き飛ばされるということもなくパッと消えていなくなってしまった。

「自分の力が何なのか言ってもいいのか?」

「言ってもいいよ。だって僕の力は見たら分かる力なんだから。言ったらダメなのは見てもどんな力か分からない場合でしょ?」

 男子児童はすでに次の動物、シカを取り出していた。シカもネズミと同様に一心不乱に保の方に向かってくる。保は体をシカの進行方向から少し右側に避け、左手でシカの頭へ触れるとシカもやはりパッと消えていった。

(傷付くとすぐ消えるのか)

「じゃあ、これは?」

「……それはダメだろ」

 次に出てきたのはライオンが二匹。

「街中になんてもの出すんだよ」

「安心してよ。コイツらは僕の言うことはちゃんと聞くから」

 ライオンが保に向かって突進してくる。噛まれればひとたまりもない。

保は集中する。一瞬だけ、一瞬だけ触れればいい。だがそれでも

「やっぱり無理だ」

保はそう言ってその場から逃げる。

「逃がさないよ」

 ライオンと男子児童がその後を追う。

 道をまっすぐ逃げてもすぐに追いつかれるので保は脇道に入る。

 ライオンが脇道に入り数秒遅れて男子児童も脇道に入ると

「こんにちは」

 保の姿があった。保を追っていたはずのライオンの姿がない。即座に男子児童はイノシシらしき生き物を図鑑から取り出そうとしていたが、取り出している最中に保が触れてきたため阻止される。

 保は男子児童の右腕を捕まえ動物をこれ以上出されないように図巻を没収した。

「あー、やっぱり」

 男子児童は何かに納得した様子だった。

「何がやっぱりなんだ?」

「……」

 男子児童から返事はない。

「……図鑑から出した生き物は傷付くとすぐに消えてしまうようだな」

「いいんですか? 大声出しますよ」

「コイツ」

 男子児童は自分の身分を利用して保に揺さぶりをかけてくる。

「手を離したらまた動物出してくるだろ」

「図鑑を返さなければいいじゃないですか」

「後ろのリュックに何か入ってそうだけどな」

 保が図鑑を脇に挟み、空いた手で男子児童のリュックに手を伸ばそうとすると、

「⁉ どこから⁉」

 突然視界にクマが現われた。保は慌てて男子児童の手を離す。

 さらに驚いた保は奪った図鑑を落としてしまう。

 男子児童の手にクマの写真が握られているのがチラッと見えた。

 どうやらズボンのポケットの中に事前に用意していたものらしい。

 保がクマの懐に入っているような形になっていたため、クマの攻撃よりも保の手が早くクマに触れクマはあっという間に消えていった。

「ほらまだあるよ」

 図鑑を拾った男子児童の手から今度はゾウが出てきた。

「あぶな」

 かなりの巨体で路地裏の隙間にすっぽりと体が嵌っている。保はゾウに触れゾウを消す。

 周囲を見渡すと男子児童がいない。元いた道に戻るとそこで男子児童が待ち構えていた。

「力を使える人間に動物じゃどうしようもないですね」

 男子児童はポケットからスマホを取り出し操作をした後、スマホ画面を保の方に向けて話しかけてきた。

「これなーんだ」

 向けられたスマホの画面には上空から撮られたと思われる、保とガラの悪い男が一緒に映っている写真が表示されていた。

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