第10話 夏バテか?
前回の統選者選抜の延期を知らせるメールから一週間が経とうとしている。
保は一日に数回、新着メールが届いていないか確認しているが政府からは一向に音沙汰がない。テレビでも統選者選抜の責任者が特別サイトの復旧に時間がかかっていることについて陳謝している。
コメンテーターの人からは「特別サイトの復旧が難しいようなら他の方法を取ればいい」、「対応が遅い」などの痛烈な批判を浴びていた。
だが政府は何も特別サイトの復旧以外の策を取っていなかったわけではない。
代替案として選抜参加者の一覧を参加者宛にメールや郵便で送ったりしていたようだが送れない、届く前に紛失するといった状況が続いているらしい。そんなことありえないだろうと思うだろうが、郵便局の職員も事実であると証言している。
この状況を見てネット上では誰かが統選者選抜の邪魔をしているなどと陰謀論が出てきている。
今もネット上で陰謀論を信じる派と信じない派では激しい論戦が行われている。
世間では陰謀論を馬鹿にする声も多いが保は馬鹿にはしていない。
特別サイトが一週間かけても復旧できない、メールを送れない、郵便物が紛失するなど普通では起こるとは考えづらい状況が続いて起きていることは事実である。
何者かが今回の統選者選抜を邪魔していると言われた方が納得できる。
とはいえ、こちらの考えや行動はマイクロチップを通して国に筒抜け。
邪魔をするような人物は政府の監視対象に最初から入っていてもおかしくはない。そんな好き勝手はできないはず……という疑問は残る。
「分からないな」
「なにが分からないの?」
パジャマ姿の有が二階から降りてきて声をかけてきた。
「体調はいいのか?」
「全然よくないよ」
有の機嫌は最近すっかりよくなったが体調の方は低迷状態が継続していた。
両親が心配し念のためということで病院に連れていくと夏バテと診断された。
有の夏バテは恒例行事ではあるが、目で見てわかるほどの体調の悪さはそこまで多くない。両親は今日、有の世話を俺にまかせ朝から車で有が欲しいと言ったものをかき集めに回っている。
「ご飯は?」
「机の上にあるだろ」
「お粥と梅干しとお漬物しかないよ?」
「病人ならそれで十分だろ」
保が有に視線を向けると視線が合う。じっと見つめ合う二人。
決して恋に落ちたということではない。
妹は「なにか欲しいもの買ってこようか」という兄の言葉を期待し、兄は「○○買ってきてよ」という妹からの言葉に身を構える。
お互いの思いが交錯する。
沈黙が続いたので、有は冷蔵庫の中を確認しに向かう。
冷蔵庫の中にはスイカとブドウがあった。
しかし、今は気分でないので有はこれをスルーする。
冷凍庫には冷凍食品と氷枕があるだけ。バタン。冷凍庫の扉が閉じられる。
「ねぇー」
有が小さい頃にしか聞いたことのないような甘えた声を出す。
「お兄ちゃん?」
「どうした。妹」
「冷たいものが食べたい」
「スイカがあるだろ。ブドウもあったな」
有は引き下がらない。
「0℃以下じゃないと溶けちゃうものが食べたい」
「氷つくろうか?」
「わざと?」
「なにが?」
「今日、創立記念日でしょ?」
「で?」
「休みでしょ?」
「……ご注文は?」
「アイスとジュース」
「種類は?」
「何でもいいからたくさん」
「はい、はい」
そう言って保は一旦部屋に戻った。
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