第1話 俺はまだ知らない

 いつもと変わらない日常は卒然として終わりを告げることがある。

 国のトップである【統選者とうせんしゃ】が近いうちに亡くなるらしい。

 はるか昔、国と国が争っていた時代。

 長きにわたるその混乱を終わらせ、全ての国を統合した人物がいた。

 その人物こそが現在の統選者と言われる最初の人であり、現在の統選者における制度の基盤を築いた人物でもある。

「統選者様が亡くなられるとなると、次の統選者選抜も近いな」

「次の統選者様はどんな人になるのかしら? 統選者様が亡くなるのは悲しいけど、ママ統選者選抜初めて見るから楽しみー」

「パパも初めて見るから楽しみだ」

 統選者の任期は死ぬまでずっと。途中交代はない。

 そのため人生で統選者選抜を見られるのはせいぜい一回か二回。

 運が悪ければ一度も見ずに人生を終える人もいる。

「パパは見る側でいいの? 参加する側じゃなくて?」

「え? た、確かに。せっかくなら統選者様になる。みたいなのもいいなー」

 統選者選抜には誰が選ばれるのか分からない。参加者は年齢に関係なく全国民が対象で政府が選定するため、父親が参加者に選ばれる可能性がないわけではない。

「パパが統選者様になっても新鮮味がないからダーメ」

「……ママが言ったんだけど」

「気持ちの話で実際に統選者様になってもらいたいとかではないの!」

「パパが統選者になったら生活が保障されるからじゃん」

 少女が二人の会話に交じる。妹のゆうだ。

「んー。たしかにパパが統選者様になったらブランド物の時計とかお洋服とか好きな時に好きなだけ買えるけど……やっぱりダメ」

「何で?」

「だって……」

 母が横に座っている父の方に顔を向ける。

「なんかこう、統選者様になれそうにないもん」

 漠然としたことを言う。

「運動神経悪いしー、運悪いしー、稼ぎ悪いし―、口下手だしー、声小さいしー、あとは……」

「ママ? 統選者様になるために必要なこととは全く関係ない悪口が聞こえたよ?」

「?」

 母は「何のこと?」と不思議そうな顔で父の顔を見ている。

たもつちゃんはパパが統選者様になれると思う?」

 そんなことよりという感じで俺に話を振ってきた。話を振られた俺は視線を母から父へと移す。父は息子に視線を向けられるといい返答が欲しいらしく、姿勢を正して自分をよく見せようと努力していた。

「まあ」

「まあ?」

「まあ、無理じゃない?」

 息子の答えに父が肩をガクッと落とす。

「どの辺がそう思わせるんだ?」

「……顔?」

「顔⁉」

 保の適当な返答に父が驚く。真に受けてるのだろうか。

「ああ、分かる。顔が統選者ぽくないよね。どちらかというとママがっぽい」

 有が保の適当に考えた返答に乗ってきた。

「えーそう? 有ちゃんも保ちゃんもママ似でよかったねー。統選者様になれるかもねー」

 顔で統選者が決まるわけではないのだが……。

 人の顔にランキングを付けるのはあまりよくないとは思うが、強いてつけるとすれば父は中の下かよくて中の中。特にこれといった特徴のない顔である。

 一方で母の方は上の中か上の上と言っていいだろう。

 実年齢は四十代前半だが見た目年齢は二十代前半に見間違えられることもある。目鼻立ちがはっきりしていて、骨格からして美しいとはこのこと。

「別になりたいとは思わないけどね」

「そうなの? じゃあ保ちゃんと有ちゃんはどんな人になってもらいたいの?」

 兄妹が顔を見合わせる。

「別にどんな人でもいいけど?」

 先に有が答えた。

「どんな人でもいいの? イケメン俳優とかイケメンアイドルとかじゃなくても? 小汚いおじさんとかでも有ちゃんはいいの?」

「ママ―?」

 父は母が口にした「イケメン」という言葉に少し嫉妬を覚えた。

「変な人じゃなければいいよ」

「えー。保ちゃんは?」

「右に同じく」

「保ちゃんも誰でもいいの? 具体的にこんな人みたいな人物像ないの?」

 母が「ねえ、ねえ」としつこく訊いてくる。

「父さんと母さんはどんな人がいいの?」

 答えるのが面倒だったので自分から両親へ話を振ってみた。

「えっ? そうねー。ママは今の統選者様みたいな人がいいなーって思うかなー」

「パパもママと同じ意見だぞ」

「ママの言う今みたいなって顔? 性格?」

「顔とか性格じゃなくて―、平和な世の中を維持してくれているところかなー」

(平和か……間違ってはいないが……)

と保は心の中で呟く。

「ふーん」

 自分で訊いておきながらお手本のような興味がないですよの「ふーん」をしていた。

「じゃあ、もしもさぁ……もしも兄妹で統選者選抜に選ばれたらどうする? というかどう思う?」

 有の質問に他の三人の視線が集まる。

「そうだなー。やっぱり保がお兄ちゃんっていうところを見せて欲しい気持ちはあるが、有も頑張り屋さんでかわいいからなー。うーん。どっちも頑張ってくれ」

「……ママは?」

「ママもパパと同じ意見よ」

「いや、そういうことを訊きたいんじゃなくて……」

求めていた回答ではなかったらしく有は不満げな表情を浮かべた。

「私が訊きたいのは……」

「有、うるさいぞ」

 有が言いたいことを察した保は有の言葉を掻き消すように優しい口調で言った。

「あらあら。パパとママが有ちゃんばかりとお話してるから妬いちゃったの? ごめんねー。今からママとたくさんお話しよーねー」

「何だ? 高校生にもなってまだ親離れ出来てないのか。困った奴だな。ははは」

「父さんと母さんが子離れできていないんだろ」

「そんなことないよー。ママは子離れできてるよ?」

「できてない」

「できてる」

「できてない」

「できてるよ。何なら明日になるまでパパとママは二人とお話ししないでも平気だよ」 

 母は頬を少し膨らませムッとした表情で言った。そして何故か巻き込まれる父。

 だがその事は特に気にしていないようで

「じゃあ、代わりにパパとお話ししようか。ママー」

 母と二人で話せるいい機会に捉えているようだ。

「そうだね。そうしよ」

「子離れってそういうことではないと思うし、それに今日という日はあと数時間で終わるんだが?」

 保の声は子供たちの前で手を握り合いイチャイチャし始めた両親の耳には届かなかった。

 そんな両親を横目に保は夕食が終わったら自分の部屋に来るよう有の耳元で囁いた。 

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