第2話 小さな出来事で
社長と、割とどうでもいい話を聞かされながら、乗り継ぎ含めて片道2時間ほどの電車の旅、いや、出張だ。
一応、名刺の受け取り方とご挨拶の練習はさせてもらった。
御年30歳、今更ですみません。
まずは、ちゃんと目的地へ約束の時間までに辿り着くこと。
約束の時間は11時。
昨日の夜、ちゃんと予習してたので、久しぶりの乗り換えもちゃんとできた。
余裕を持って会社を出たつもりだったが、駅からお客様の会社までがちょっと分かりづらくて、ギリギリになってしまった。でもなんとか時間に間に合った。
いよいよお客様への訪問。
「11時にお約束をさせていただいております、株式会社マル
「少々お待ちくださいませ。
…お待たせいたしました、5階の応接室にご案内いたします。」
立派なビル。
素敵な受付の方。
スタイルいいし、所作もキレイ。
私より若いだろうけど、大人っぽい。
私、まるで田舎者?
ダサい?
なんか、恥ずかしい…。
やっぱり、私が来るような場所じゃないかも。
「すぐに
すごく気後れしながら応接室で訪問先の社長を待つ。
ほんの1分が、すごく長く感じる。
「お待たせしました。」
社長ともう一人の男性がいらっしゃった。
「初めてお目にかかります、株式会社マル出留工業の
「
社長同士が挨拶と名刺交換する。
「企画開発部の
もう一人の男性とも挨拶を交わす。
「こちらは事務員の花崎です。」
いよいよ私の番だ。
名刺を受け取り、ご挨拶する。
「花崎と申します。名刺が無い中失礼いたします。どうぞよろしくお願いいたします。」
「花崎さんですね。お名前と同じく素敵な方ですね。あ、今はそういうの言っちゃダメだったかな?」
「いえ、とんでもありません。ありがとうございます。」
相出社長に愛想を言ってもらい、座るよう促される。
私は座るタイミングで持参した手土産を
一応ここまでが私の役目。
「こちらに初めてお伺いするのに事務員を連れてきて申し訳ございません。なにしろ私もですが、東京に馴れた者が他におりませんので。お恥ずかしい話ですが。」
「いえいえ、とんでもありません。こちらが無理を言って急に日程を変更していただきましたし。こちらこそ大変申し訳ありませんでした。
東京は住んでいても電車とか難しいですよね。遠い所を来てくださってありがとうございます。」
相手の社長に、“ここに居ていいよ”というお許しをいただいて、少しホッとしながらも
仕事の難しい内容の話になる。
でも後は私を抜いた三人の話を、ニコニコしながら聞いて黙って頷くだけ。
ほんの1時間程の面談と打ち合わせだった。
お昼だったので、相出社長にお昼ご飯に誘われたが、戸府社長が丁重にお断りし、今回の訪問は終了した。
「お昼ご飯、お断りして良かったんですか?」
と戸府社長に確認したら、事前に私が一緒に行く事と、お昼は今回は遠慮するという旨を伝えていたので大丈夫とのこと。さっきのは、“本当に行かなくていいですか?”っていう意味の再確認だったそうだ。
良かった。お昼ご飯までとなったら、私の心臓がもたなかった。
「お昼ご飯は、私と一緒でいいよね?それ終わったらもう別行動でいいからね。」
「はい!」
社長と二人でご飯ていうのも初めてだったけど、さっきの緊張が解けて、こっちはそんなに緊張もしなかった。
むしろ、少し値段の高いランチをご馳走してもらったのでラッキーだと思った。
ランチが終わって、社長とはここでお別れ。
さて、どこ行こうか。
「今は目黒川沿いの桜がキレイですよ。近くだし、せっかくなので見て行かれたらいいかもしれませんね。」
とおっしゃっていた。
よし、桜、見てこよ。
桜が綺麗に咲いてる期間は短い。目黒川沿いの桜は満開に近く、とても綺麗だ。
でも、
何というか、場違いのような。
大学時代は必ず隣りに友達か彼氏がいたし、別れてからは一人で出歩くなんてしたことない。
桜を横目で見ながら少し足早に、ただ通りすがっただけですよ、って感じで歩く。
それでもしばらく歩くと、この環境にも慣れてくる。
桜を見ていたら、ふっと何か自分の気持ちが変わった気がした。
ー お洒落なカフェでお茶でもしよっかな。
お洒落なカフェで一人でお茶するなんて、さっきの受付の人のような、大人の素敵女子が似合うシーンというイメージ。
でも、私ももう30歳、十分大人。初めての仕事もちゃんとできたし、一人でカフェにだって行ける!
いつもはネットで検索してからお店を決めるが、今回は適当な歩いて良さそうなお店を見つけたら入るということにする。
コーヒーを飲みながら、ガラスに映る自分を見る。
ダサかったかな?大丈夫かな?
浮いてない?
あ、なんか大丈夫そう。やっぱり私、いつの間にか大人になってるかも。
老けた?いや、大人。
そしてここで一人でコーヒーを飲んでる自分が少し素敵女子になってる気がした。
コーヒーを飲み終えて、もうそろそろ帰ろうと駅に向かった。
途中ふと、街角にひっそりと佇むお店が目に入った。
こんな所にドライフラワーのお店?
正直、ドライフラワーに対しては、寂しいイメージしかない。
中学生の時友達が、ドライフラワーを自分で作ったと言って、自慢気に見せてくれたんだけど、薄い茶色一色でカサカサで干からびていた。
何がいいのか分からなかった。
でも、ここから見える所に飾られているお花は、思ってるのとなんか違う気がした。
気になって近づいて中を覗いてみる。
うわっ!
すごく綺麗だ!
お店の中は、今まで見てきたのと全然違って、色がある!普通のお花と変わらないくらい。
もちろん、
「いらっしゃいませ。どの様なものをお探しですか?」と店員さんが話かけてくる。
どの様なもの、と聞かれても分からない。どれもいい。
とりあえず、「部屋に飾る小さめのがいいです。」と答えた。
店員さんにいろいろ紹介してもらって、コレ!っていう素敵なものが見つかった。
生花とは違う、すごく落ち着いた感じの綺麗さが、逆にいい。
イメージ、ザ・大人。
でも帰り道には、あー衝動買いしてしまったという思いと、何かすごく素敵なものに出会ったという気持ちが絡み合っていた。
アパートに着いて、さっそく壁に飾ってみる。
狭い部屋だけど、いろいろな場所に当ててみて、一番いい場所を決める。
よし、ここだ!
場所が決まった。
そして、それを眺めながら帰りに買ってきた缶チューハイとチーズを食べる。
いつもは缶チューハイなんて缶のまま飲んでいるけど、今日はちゃんとコップに移した。
そこに花があるだけで全然違う。
壁に飾ったドライフラワーは、小さいけどすごく存在感がある。
桜の儚さも良い。
ドライフラワーの力強さも良い。
違う魅力でどちらも良い。
今までの私だったら、このドライフラワーはどう見えただろうか?
彼氏と付き合ってる頃も、もしあのままめでたく結婚してたとしたら、ドライフラワーがこんなに綺麗だと感じる感覚は、この歳では無かったかもしれない。
生花を飾り、毎日水を替え、枯れないように必死だっただろう。
枯れることが怖いと思っていたあの頃は…。
でもドライフラワーって、枯れているのに枯れてない。そしてすごい生命力を感じる。
不思議だ。
このドライフラワーが、今の自分と重なって見えてきた。
なんか、私、これから違う自分になれる気がする!まだまだ枯れてなんかいないんだ!
だけど、今日味わったあの物凄い緊張感と、終わった時の達成感に、私の気分が高揚してるだけかもしれないとも思った。
でも次の日も、その次の日も、毎日このドライフラワーを見て、思いもお花も変わらない。
ドライフラワーだって、何ヶ月後には色あせるかもしれないけど、少なくとも今日明日すぐには変わらない。
でも、どこにいても何の仕事をしても、何歳になっても、あのお店を偶然見つけたように、いつかきっと素敵な誰かに出会うはず!
そしてこれからどんどん歳をとっても、ずっと枯れない自分でいようと思う。
おわり
枯れない花 ニ光 美徳 @minori_tmaf
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