第4章 湖水のほとり

第8話

 湖水のほとり  1


 オリオン星座では季節は春でした。湖水は青く波はしずかです。周囲の山も丘も草原も光り輝く緑でいっぱいです。健太は、白樺の林に囲まれた岸沿いの小径を急いで歩いて行きました。やがて白樺の小径が尽きて広々とした砂原に出ました。その砂原には、小舟が一艘曳きあげられています。小舟の舳先へさきには、お父さんが、あぐらをかいて網をくくっていました。


 「お父さんだ!」

 健太は、足を止めて思わずそう呟きました。そうです、その人は、まさしくお父さんだったのです。健太は、そのお父さんの姿をこれまでに何度頭に想い描いたでしょう。目の前のお父さんは、健太の机に飾ってある写真のお父さんと少しも違っていませんでした。


 お父さんは、いま、小舟の舳先に立ち上がって、いましがた括っていた網を舟の縁に干し始めました。そして近くに人の気配を感じたのでしょう。お父さんは、首をあげて健太の方を向きました。そして、大きな声で叫びました。

 「健太!健太ではないか、ああ、いままで一体どこにいたのだッ!」

 お父さんは、そう叫び小舟の舳先へさきからさっと砂浜に跳びおりて、健太のところに駆け寄ってきました。そして健太をひっしと抱きしめました。


 「ああ、健太、健太、さがしたよ。今まで一体どこにいたんだい?でも、よかった、よかった。無事でよかった。」

 お父さんは、そう何度も繰り返していっそう強く健太を抱きしめるのでした。もとより、健太の気持ちは感激でいっぱいです。健太は、うれしさでふるえながら、お父さんの体にしがみついていました。お父さんの腕の中は、あたたかく、力強く、健太がいままで見た夢と同じ通りでありました。しばらくしてお父さんが言います。

 「さあ、お母さんのところに行こう。お家でお前を待っているよ。お母さん、どんなに喜ぶだろう。」


 健太は、お父さんに手を握られて、砂原からまた白樺の小径に入って行きます。静かな湖水のほとりです。樹と樹の間から木漏れ日が差してお父さんと健太との顔を赤く照らします。健太は、ときおり振り仰いでお父さんの顔を見上げます。その度に、お父さんは片方の手で健太の頭を撫でます。

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