第2話 前世の記憶を持って王立学園の入学式に挑みました
私たちは慌てて講堂に駆け込んだ。
「遅いですよ」
メガネを掛けた女の先生に注意される。
「すいません」
私達は慌てて頭を下げる。先輩らしい二人は右手の列に向かう。アルとか言われていた人が手を振ってくれたけど、私は頭を下げるに留めた。
「とりあえず、ここに座って」
先生の指示で、私たちは並んで隣り合わせの席についたのだ。
嘘っ! タチアナ様と隣り合わせに座れた。タチアナ様は平民と一緒で不満そうだったが、私はもう幸せいっぱいだった。
私は前世の記憶がある・・・・と言ってもそんなに楽しいものではない。
中学から高校にかけて、シャイな私はいじめられていたのだ。
教科書やノートが隠されたりするのは日常茶飯事、汚いとか言われて、誰も近付いてこず、SNSでは私のことをバイキンとか病原菌とか散々ボロクソに書かれていたのだ。
最初は先生に相談していたが、相談すればするほど陰に籠もっていじめられたのだ。もう私は成すすべがなかった。
そんな時にやった乙女ゲームが『ネーデルランドのピンクのバラ』だった。
そのゲームはピンク頭の平民の女の子が、魔力を目覚めさせて男爵の養子になり、成り上がっていくゲームだった。
攻略対象の第一人気は王弟のヨハン大公のご子息のクンラート、この婚約者がタチアナ・ブールセマ公爵令嬢だ。ピンク頭のヒロインはその天真爛漫さで、クンラートの興味を引いて、仲良くなり、邪魔するタチアナからなんとかクンラートをものにするというゲームだ。タチアナは最後には修道院送りになるはずだった。
でも、いじめられている私にはこのゲームは酷だった。平民が貴族社会の学園に入っても虐められるだけなのだ。
教科書をビリビリに引き裂かれるわ、頭の上から水をかけられるわ、『平民の子供』と蔑まれ、タチアナの取り巻きに虐められ、タチアナ本人に虐められて、挙句の果てにはクラス全員にハブにされるのだ。これを一ヶ月位我慢しないと誰も助けてくれない。
毎日虐められている私にはとても酷なことだった。私はゲームをしながら毎日の辛さを思い出して涙が出てきた。
ゲームでいじめ殺された後で、もうやめようと思い、最後の一回にかけたのだ。
でも、その回も、中々酷だった。
伯爵令嬢に無視されて、ひょんなことからいちゃもんつけられて、取り巻き連中に囲まれてしまったのだ。
そして、何故か皆に小突かれ出したのだ。貴族社会でもこんな事あるんだ。
今の私と変わらないではないか!
私は現世に絶望していた。もう生きているのも嫌になっていたのだ。それでゲームに逃げていたのに、ゲームの世界でも虐められるのだ。もう自殺するしか無いのか?
私がそう思い詰めた時だ。
「あなた方、何をしているの!」
そこには悪役令嬢のタチアナが立っていた。
ええええ! ここでラスボスの登場だ。私は簀巻きにでもされて川に流されるんだろうか?
私は更に絶望した。
「これはタチアナ様。実はこの平民の女が、婚約者のタチアナ様がいらっしゃるにもかかわらず、クンラート様にちょっかいを出していたのです。だから皆で思い知らせてやっていたのですわ」
得意げに伯爵令嬢が言った。彼女はタチアナから褒められると思って言ったのだろう。
「しゃらくさいわね」
「えっ?」
私はタチアナが何を言っているのか判らなかった。
それは伯爵令嬢も同じで聞き返していた。
「煩いって言ったのよ」
「えっ!」
その瞬間に伯爵令嬢は固まっていた。私も固まっていた。
悪役令嬢なのに、何を言っているのだろう。
「あんたらには関係のないことでしょう。私は弱い者いじめが大嫌いなのよ。それも強い高位貴族の令嬢達が弱い男爵令嬢を寄ってたかって虐めるなんて最低ね。私はそんな奴らは大嫌いなの」
「えっ、タチアナ様!」
「今すぐ失せなさい」
「えっ、しかし、タチアナ様」
「煩いって言っているのよ。いつあんたらに虐めて欲しいって頼んだの? この公爵令嬢のタチアナ・ブールセマに成り代わって意見するなんて1万年早いのよ。さっさと消えなさい」
そのタチアナ様の言葉は衝撃的だった。
そう言うタチアナ様は、凛として金髪を靡かせて、ビシッと指で教室の扉を指してくれたのだ。とても格好良かった。それも私を助けてくれるなんて! 私は感激した。
女共は顔を見合わせていたが、タチアナ様の意思が変わらないと判るとすごすごと消えていった。
「そこの貴方!」
今度はタチアナ様は私を指さしたのだ。目は怒りでランランと燃えていた。とても格好良かった。
「はいっ」
ゲームをしていた私も思わず背筋を伸ばした。
「何虐められてメソメソしているの! 言われたら言い返しなさい。
『そんな事していて恥ずかしくないの?』って。
やられたらやる返すのよ。唯唯諾諾と理不尽な要求に従っているんじゃないわよ」
私にはそのタチアナ様の姿がとても崇高なものに見えたのだ。
そう、タチアナ様の今までの姿は仮の姿で、実際は正義の味方。とても正義感の強い、お方なのだと。
私はあっという間に、タチアナ様のファンになったのだ。
タチアナ様の言葉に感動した私はタチアナ様に言われたように、現世でもいじめっ子らに言ってやったのだ。
「あんたらそんな事して恥ずかしくないの? 次やったらあんたの親や部活の顧問や先輩らにあんたらがやったこと全部バラしてやるわ」
私は大声で啖呵をきってやったのだ。
いじめっ子らは唖然としていた。私から反撃を食らうとは思ってもいなかったんだろう。
それで聞かない奴らはつかみ合いの喧嘩までやってやった。
思いっきり1人の顔をボコボコになるまでやってやったのだ。
「私はバイキンなんでしょう。汚いんでしょう。汚染させてやるわ」
もうめちゃくちゃだったが、その子が謝って二度としないと約束するまで馬乗りになって殴り続けたのだ。
いじめっ子らは私の本気にさすがに、恐れおののいたらしい。
あいつは何をするか判らない! と。
次は警察に話すとまで私に言われたら、流石に続けることは出来なかったみたいだ。
近頃は警察も相談されてその子が自殺なんてしたらマスコミ沙汰になって大変だから話を聞いてくれるのだ。
私に対するいじめは終わった。
それもこれも全てタチアナ様のおかげだった。
それらのことを5歳の時に流行り病で高熱を出した時に思い出したのだ。
そしてこの世界が『ネーデルランドのピンクのバラ』の世界だってことを。
私は出来たらタチアナ様に転生したかったが、流石に公爵令嬢は無理だったみたいだった。と言うか私が転生したのは登場人物でもなかった。私のシルフィア・バースっていう名前は、ゲームには無かった。この国の文官の娘に生まれた私は貴族ですら無かったのだ。最も文官の娘って言うだけでも、この国の中では結構な位置にいると思うんだけど。王都にいるから王立学園にも通いやすいし。
せっかくこのゲームの世界に転生したのだ。出来たらタチアナ様のお力になりたい。タチアナ様が修道院送りにされるのだけは何としても救わなければ。私は必死に勉強して王立学園に合格したのだ。
そう思ってやってきた王立学園で、いきなりタチアナ様と並んで座れるなんて思ってもいなかった。私は感動していた。
最もタチアナ様からしたら私はタチアナ様の秘密にしていることを何故か知っている不審人物だ。式の間中、私の方は見向きもされなかったし、式が終わるとあっさりと私を無視して、クラスの方へすたこら歩いていかれたのだ。
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