9
『とはいえ、かなり無謀だからやめた方がいい。ハルさんだったか、お前の命の保証ができねえ』
「それは、駄目だ」
不知火はじろりと私を睨む。
「ハルは、すぐに死にたがる」
「目的のためなら死んでも構わんというだけで、死にたい訳やないけどな」
「同じだよ、とにかく、駄目だ」
なら振り出しに戻る。ならば他にどうすれば良いだろうか、女になる呪いなどを使える異形がいるか聞いてみるか。
悩んでいると、不知火の掌から果実が飛び降りた。
『協力するって言ったろ、焦んなよ』
毬のように跳ねながら、私の元までやってくる。
『探しておいてやるよ、それでどうだ?』
「……、ほんまにしてくれるんならありがたいけど、探せるもんなんか?」
『あてはあるぜ。要するに、お前ら二人の力を放り込めれば、いいんだろ。あいつが女の腹にしたように』
「そうや、それなら、二人の子供と言えるやろ。どうや? 不知火」
不知火は頷き、私の隣に移動する。甘えるように頭を擦り付けてくる動きが、なんだか懐かしくて、愛しかった。
よしよしと撫でてやり、いつもどおりに膝へ頭を乗せさせる。果実はやれやれと言いたげだ。跳ねて大樹の元へ向かいつつ、今すぐは無理だと、まず言った。
『なんせ、数がそれなりに膨大でな。探し当てるまで多少時間はかかるんだ。だからオレが記憶どもを探る間に、住処やら何やら、探して決めてくればいい』
「わかった。いつ頃戻ればええ?」
『知らせるよ。オレが記憶を探しに行く間、この依代……果実の体は抜け殻になるから、これをそのまま持っていけ。戻った時に、こいつに入るよ』
じゃあな、と締め括った果実を不知火が呼び止める。私の膝からも退いて、動きを止めた果実へと寄っていく。
『なんだよ? 疑ってるのか、ちゃんと探して来るって』
「違う。あんた、懐かしい匂いがするから、嫌いじゃない。父さんの匂いに似てる。だからちょっと、嬉しい」
『……そうか、まあ、早めに探して来るよ』
「ありがとう、待ってる」
果実は数回跳ねてから、大きく飛び上がり、力を失ったように落下した。ころころと足元まで転がってきたがもう動かず、あの空間へと行ってしまったようだった。
不知火が果実を拾った。匂いを嗅いでから大事そうに懐へ入れ、燃えている樹木を見上げた。後ろ姿はどこか寂しそうだった。
父親の知り合いだと、喧嘩をしていたという黒い鳥のことだと、話すべきだろうか。
いや、見てきたすべてを、私は……。
「ハル、行こう」
不知火は獣の姿に変わり、こちらへと歩いてくる。背中に乗るかどうか躊躇っていると顔を舐められた。珍しい味だと言ってから、私の着物を咥えて背中へと放った。
「不知火、お母さんとお父さんの話、聞きたいか?」
首元に縋りながら思わず問うと、不知火は笑った。
「ハルが黙っていられなくなったら、教えて。おれは今は、あんたが一番大事なんだ。だから、話して辛くなるなら聞かねえから、気にしなくていい。ずっとおれのそばにいろよ、ハル」
言葉を返せなかった。不知火は走り出し、燃える木々が遠ざかる。
首元に顔を埋めながら目を閉じた。祭囃子はまだ聞こえる。クロさんと深冬さんの姿が、目蓋の裏に浮かんでくる。炎とあぶくが反響する。
私は狡賢さが取り柄の人間の筆頭だ。嘘をつくのは慣れている。それでも何故か悲しくて、不知火に縋り付いたまま涙を堪えた。不知火は黙ったままで、燃え盛る森の出口を探すように走り続けた。
頭を振り、顔を上げた。炎の森が、切り替わるように緑の森へと姿を変えた。それでも不知火は止まらず、このまま走りたい気分だと、楽しそうな声で言った。
「ええな、行けるところまで、行きたいな」
「どこへでも行くよ、ハルがいるし、ハルがいるから」
頷きながら抱き着き、過ぎ去る森を横目に見る。堪えた涙が数滴散ったが、すぐに目では追えなくなった。私は前を向き、森の出口を真っ直ぐ見つめた。
いつか必ず彼の望みを叶える。私たちの子供を二人で育て上げると、強く心に刻み込む。
それまでは絶対に死にたくないし死なせない。私の大事なこの人と、寄り添ったまま生きるのだ。
(祭囃子と焔の実・了)
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