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「せやから、不知火のためと限定すれば、是にするしかないんやろう」

 息を吐き、目の前を見る。不知火の姿をする彼は神妙な顔だった。不知火はしないであろう表情に、少しだけ焦る。なんというか、大人びた不知火と話をしているような、不可思議な感覚だ。

 咳払いで誤魔化し、

「今すぐ是非を決めなあかんわけではない」

 話を再開すれば、彼は深く頷いた。

「勿論、そうだよ。そしてあんたの話はわかった。人間と異形っていう俯瞰から、あんたと不知火っていう詳細まで詰めていけばそれは、当然その帰着にはなる。何せ、個々の話だ」

「俺は人を狡賢さしか取り柄のない生き物やと思うてるけど、その筆頭が俺のようなもんやしな」

「自負できるのは、いいことだ。ハル、あんたは色々と考え過ぎるきらいが、あるようにも見えるよ」

「……考えんと、不知火と一緒に居れんようになるかもしれん」

「それはあんたしか考えなくて、不知火があんたを見捨てようとした場合じゃないか? あるいは見限って食った場合。その時こそ不知火はまた、どこかに潜んで人を食い殺し続ける生活に戻るんじゃねえかな、とは思わないか?」

 んん、と思わず唸った。意地の悪い石である。

「俺は不知火のためやったら人が何人食物になっても構わんけども、その食事に俺が含まれることに関しても、ほんまに構わんと思うてる。せやから不知火がその生活に戻った場合、さもありなん、としか言われへんわな」

「さもありなん、じゃなくする方法だって、あんたは気づいてる筈だぜ、ハル」

 思わず言葉を止める。彼は前髪の隙間から覗く目を細め、夜だよ、と口火を切った。

「あんた、不知火に、悔恨だけを食われたことが、あるだろう。それに、タツミが濁った感情だけを吸っていた御神体だったってことも、聞いたばかりだよね。だから不知火は、いや……は、人自体を食わなくても、いいんだよ。でも不知火はそうしない、その理由をあんたは、考えてみたことがあるか?」

「考えるまでもないやろ。食われると思うた人間は恐怖や悔恨を発するんや。平たく言うなら、手っ取り早い。命の危機を感じた時に膨れ上がる感情はよっぽど美味いはずや、実際に、貪り食うてる姿をみたこともある」

「小舟か。ああ、感じるよ。野晒しの石の身だがね、触覚だけは豊かなんだ。ハル、あんたの中身は、ひどく変わった雰囲気だ」

 彼は蓬髪を掻き上げ、口元にふっと笑みを浮かべる。

「あんたが気になっているのは、別のところか」

 逡巡するが、感じるのであれば無意味だと頷いた。彼は満足そうにし、どうぞと言わんばかりに掌を差し出して促してくる。

「……、人に近付いた異形、という言い回しが気になったんや」

 不知火と巽は、私や燐と行動を共にしているのだから、そうなる。

「あなたの言い回しやと、人に近付いたからこそ、人が発するものが食い物になった、ととれるやろ。そうなんか?」

「概ね、そうだと思うよ」

 でもなと、私の声を遮って彼は続ける。

「不知火は、ちょっと違うかもしれない。なんせ、人と異形の、間の子供だ。彼は生まれた瞬間から、悔恨が食物だったのか? どうなんだろう? あんたが知らないのはわかるし、不知火も覚えていないんだろうけど、気にはならないか? 本当はどうやって生まれてきたのか、知りたいと思うことはない? 不知火の知っている話とあんたが知っている話の是非の確認を、してみたいと感じてるだろ。あんたは人間だし、知識欲っていう奇妙な感情が、人より多いみたいだからさ」

 ざっと風が吹いた。何も返さず見つめると、彼は髪も揺らさず、ただそこに座ってじっと私を見つめ返した。仄かに肌が粟立った。彼はきっと私の考えを感じ取ったのだ。

 不意に頭を振られた。非を突き付けられるかと思ったが、そうじゃないと先に言われた。

「もう時間になるよ、お別れだ。あんたの可愛い不知火が、あんたのことを探し回る羽目になるのは、可哀想だしな」

 彼は肩をすくめ、徐に手を上げると打ち鳴らす準備をした。一応、興味深い時間だったと言っておく。彼は歯を見せて笑った。不知火の姿だから、僅かにどきりとした。

 手を叩く前に、彼は言葉を残してくれた。

「山越えの後、東向きの街道に沿うといい。行けばわかるよ」

 ぱんと大きな音が響いた。瞬きの間に彼は石の姿に戻り、私はその前に座り込んで、雑草にあちこちくすぐられていた。風がまた吹く。手を伸ばして石に触れるが、もう語り掛けはせず、ごつごつとした荒さだけが触覚を刺激した。

「ああ、いたいた、何やってるんだい?」

 燐が庭に降りてくる場面が見えた。

「ちょっと目を離した間にいなくなったからびっくりしたよ、何かいたかね」

「ああ、いや、立派な石やと思うて」

 そう時間が経っていないようだったので、誤魔化した。燐に気にした様子はなく、気怠そうにこちらまで歩いてくる。

 その間に、そばの草むらがにわかに揺らいで、不知火と巽が顔を出した。不知火は小柄な鹿を口に咥えて引きずっており、巽は人になって茸や木の実を抱えていた。

「ハル、鹿食える?」

 鹿を庭の真ん中に転がしながら聞いてくる。

「うん、食えるよ。不知火も、食うんか?」

「食うよ、捕まえた時も驚いて、怖がってたから、嬉しくてちょっと齧った」

「そうか、よかった」

 頭を擦り付けてくる動きはいつも通り可愛らしい。撫でてやりながら、何か話をしている燐と巽を視界に収める。

 石の言葉に倣おうと思っていた。だから彼女たちとは、別れた方がいいだろう。

 同時にあてもある。巽がある程度食事に困らない場所を二人に教えることが出来ると、気が付いていた。


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