6
迂回しながら竹藪を進み、燐の部屋の窓まで戻ってきた。巽と不知火はもちろん私も土まみれで、このまま宿場の通りに出るわけにはいかなかったのだ。
窓から中へと滑り込み、割れている板を無理矢理嵌めた。戸もしっかりと閉め、明かりを灯してから、ぐったりしている巽を布団へと寝かせる。一旦不知火に見ていてもらい、私だけ自分の部屋に向かった。荷物の入った布ごと持ち燐の部屋へと戻る間に、巽は目を覚ましていた。
「春之介さん」
落ち着いた様子だった。傍に座り、不知火が折った場所を見せてくれと言うが、首を振られた。
「腕というわけではないですし、すぐに治ります。それより、お連れさんの怪我を」
「不知火でいいよ」
いつものように頭を掻きながら、不知火はぶっきらぼうに言う。
「おれこそ、ほっとけば治る。それよりも何があった? リンってやつは、どこに行ったんだ」
巽は私と不知火を交互に見て、辛そうに眉を下げた。
「どこに行ったかは、見えないのでわかりません。でも、何があったかはお話しします。私のような異形の話を聞いてくださる方は他にいないと思うので、どうか、力を貸してください……」
深く下げられた頭を見てから、不知火と視線を交わした。お互い、協力しようと思っているようだった。
巽の話はこうだ。
私と燐が宿前で別れた後に、燐はすぐさま睡魔に飲まれた。部屋まではどうにか辿り着き、燐を布団へ寝かせてから、自分は見張りを兼ねて外の屋根へと出た。余談として、燐が部屋に落ち着くであろう時間まで、佇んだまま待っている私の姿が見えた。
私が宿に消えてからも、巽はしばらく、屋根にいた。その時、窓に板は嵌っていなかった。
燐が眠気を訴えたように、巽も眠気を引きずっており、屋根に蹲って眠ってしまった。私と不知火が脅威でもなく、自分達と同じような身の上だと思われたことが、気の緩みに繋がったらしい。
ついでのように巽が言う。
「異様に眠がっていたのには、理由があります。私は燐の視界を見られるんです。それで、燐越しにずっと、春之介さんを見させてもらっていました。その間は燐も、私が普段見ているような視界になります。ただ、そう便利なものでもなく、かなり体力を消耗するんですよ。それで、眠ってしまいました」
はっと起きると朝が近く、山の向こうがほのかに白み始めていた。燐を起こそうと降りた巽は、窓を塞いでいる板を見て、真夜中に起きた燐が嵌め込んだとはじめは思った。
「私と燐は、平たくいうと逃亡の身です。だから普段、板は嵌めていたんですよ。私はこの通り、人の姿も取れますし、鳥のままでも合図をすれば、中から燐が開けてくれます」
ところが板を叩いても反応がない。外から外すには不可能な作りであるために、一度宿の出入り口に向かおうとしたが、その前に見た。燐は覚醒していた。視界には人の足が見えたが斜めで、燐がどこかに転がされていることがわかった。
燐は巽の視界への介入に気づき、恐らくは不自由な身を捻って、周りを見渡した。葉で作られたような粗末な場所で、何者かの足の隙間から見えた出入り口に、竹林があった。視界はそこで途切れた。直前に目の前が揺れ、その衝撃は巽にも伝わって、後頭部を殴られたのだと察した。
目の前には深い竹藪がある。巽は向かいかけ、私と不知火を思い出し、一縷の望みをかけて羽根をひとつ引き抜いた。屋根に差してから飛び立ち竹藪に入ったが、探し出した小屋はもぬけの殻で、視界を続けて共有した疲れで伏せてしまった。
巽は意識を濁らせながらひどく焦り、怒っていた。誰かが来た時に油断させるため、人の女の姿になって、一旦眠った。
そこに来たのが、私たちだった。巽は異形の不知火を見て敵だと認識し、怒りのまま襲い掛かってしまったのだった。
話し終わった巽は息をつき、力無く笑みを浮かべた。
「助けてくださいと言っておきながらなんですが、燐がまだ、この辺りにいるかはわかりません。彼女の意識がないと視界も見られませんし、目を何かで塞がれていても、当然見えません。でも不知火さん、貴方の嗅覚があれば、燐の匂いを辿れるかもしれません、お願いします、協力していただけないでしょうか」
乞われるまでもなく協力するつもりだったが、疑問が湧いた。不知火もそうらしく、巽の顔をじろじろと見てから、勝手に嗅いだ。びっくりして止めさせた。巽も驚いたらしく、形のいい目を見開いていた。
「す、すみません、不知火はその、子供みたいなものというか」
「タツミ、おれとは違うけど、今まで会った異形とも、違う匂いだ」
不知火の言葉を受けて、巽は苦笑した。
「それは多分、私が人里で飼われていた異形だからです」
あっさりと問題のある話をされた。詳細を知りたいが時間が惜しい、不知火を羽交い締めにしたまま今度は私が巽に向き直る。
「少し聞きたいんですが、視界を共有すると、どちらも同じくらい疲れますか? それと、燐さんは、お酒にどのくらい強いですか?」
巽は不思議そうな顔をした。
「お酒は、普段からそれしか飲まないと言うくらい酒浸りなので、相当強いです。視界は……そうですね、多分、私の方が疲れます。私の視界と燐の視界が重なって見える状態なので、調節に精神を使うんです」
「ああ、それやったら多分、燐さんはまだ宿場にいますよ」
「えっ?」
立ち上がり、不知火に怪我の具合はどうか聞く。
「平気だよ、動けると思う。リンの荷物、貸して」
「巽さん、ええですか?」
「あ、はい……」
壁に立て掛けてある荷物を取り、不知火に手渡す。彼は匂いを確かめてから、覚えたと呟き畳に置いた。
「ほんまに平気か? 俺一人でも、行けへんことはないと思うけど」
「あんた一人で行かせる方が、怪我の具合が悪くなる」
「まあ、それやったら……」
「あの」
巽は布団から立ち上がり、
「連れて行ってください、それと、本当に宿場にいるんですか?」
困惑気味に聞いてきた。
「予想が合うてたらいます。外れとったら、不知火になんとかしてもらいましょう」
そういうと不知火は鼻を鳴らし、私の肩を甘噛みした。苦笑しつつ頭を撫でてやっていると、巽は少しだけ笑みを漏らした。
「仲が、いいんですね」
そう呟いてから、よろしくお願いしますと、再び頭を下げた。
任せておけとまでは言えなかったが、行ってみましょうと告げ、夕暮れの近い外へと繰り出した。
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