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「タツミっていうのがどんなやつなのかわからないけど、助けてほしいんだろうなっていうのは、わかった」
不知火は巽の羽根を腰にさして、宿の中へと入っていく。
「滞在してはった部屋を聞くか? 宿の人が教えてくれるかはわからんけど」
追いかけながら問うが、不知火は首を振りつつさっさと宿の奥に進んでいった。匂いが辿れるのかと、遅まきながら理解した。迷いのない足取りが辿り着いたのは最奥の、突き当たりに位置する部屋だった。
戸は難なく開いた。中は静かで、暗かった。窓のない部屋らしい。私が明かりを探す間に、不知火は部屋の奥へと進んでいった。
「燐さん?」
声をかけつつ、戸を開けたまま中に入る。ほのかな輪郭を頼りに灯火台を探し、火をつけようとしたが、必要はなくなった。
何かを破壊する音が響き、部屋が急に明るくなった。窓辺に立つ不知火の手には、割れた木の板が握られていた。
「嵌めてあった」
不知火は雑な手付きで板を投げ捨てる。畳に転がる板を目で追いながら、部屋の全容をざっと見るも、やはり二人の姿はない。
しかし荷物はあった。風呂敷の他に、燐のものと思しき編み笠が壁に立て掛けてある。その近くに置かれている変わった形の棒は、恐らく巽の止まり木だ。羽根はないが餌用らしい器は見つけた。敷かれたままの布団のそばに、横倒しで転がっていた。
改めて部屋を見渡す。どうにも、妙な雰囲気だ。不知火が言うに、巽は助けて欲しいらしいが、部屋に暴漢が入った風でもない。少し出掛けた程度に見える。
「ハル、こっち」
不知火は窓辺から外を見ていた。随分身を乗り出しているので、大丈夫かと近寄れば、外を見ろと示された。
場所を代わって覗いてみる。端の部屋であるためか、正面に路地はない。竹藪の始まりがちょうど見えている。身を乗り出して上を仰ぐと、路地側に続く屋根があった。
「羽根は、この上の屋根にあった」
横から無理矢理顔を出した不知火は、止める暇もなく外へ出た。そのまま屋根に登っていったが、追いかけなくとも見える範囲に留まった。
「この辺り、タツミの匂いが強いから、よくいたところだと思う」
「ああ、燐さんも確か、巽さんに見張ってもらう、という言い回しをしてたな」
「ここから、おれたちのこと、見てたんだな」
我々の部屋とは離れているため、不知火が気付かなかったことも無理はない。
竹藪側に視線を移す。虫や獣よけの意味合いで、窓には板が嵌めてあったのだろうか。窓枠にちょうど重なる形だったから、部屋に備え付けてあったはめ板だとは思うのだが、巽の出入りには不便だ。ならば、いつ嵌め込まれたのか。
「……あ、そうか」
部屋へと引っ込み、乱れが特にないと再確認する。その間に不知火が戻ってきた。腰にさしていた巽の羽根を、指先で弄びながら嗅いでいた。
「ハル、おれ多分、匂いだけ追っていける」
「ちょうどええ、追うか」
話しながら窓に足をかけ、外へ出る。竹藪を目指して歩き始めると、不知火はすぐについてきた。驚いたような顔をしていた。
「おれまだ、竹藪だって、言ってねえけど」
「いや、多分こっちやと思うて」
「なんでだ?」
踏み入った竹藪は案外と深く、ひんやりしている。似たような景色が続いているため、下手に探し回ると疲弊するだけだろう。
先導は任せつつ、
「順序というのがあるやろ」
話し始めると、不知火は怪訝そうにした。
「それが、なに」
「まず、巽さんがいた辺りの屋根は、窓との行き来がしやすい。せやったら、窓との行き来がしやすいからおった、のほうが順序が正しいやろ」
「そうだろうね」
「せやから板が嵌めてあるのはおかしい。燐さんがなにかの理由で嵌めたんやったとすれば、巽さんの行き来ができんから、部屋に入れてから閉めるはずやろ。その場合は不知火の見つけた巽さんの羽根が屋根にあるのが、おかしい。巽さんが外にいるときに板が嵌められたんやないと、意味が通らんことになる」
「それだと、タツミが外にいるときに、リンじゃないやつが、板をはめちまったってことになるんじゃないの」
「なるな」
振り返り、深まる竹藪越しに宿場町を見る。もう昼過ぎだろうが、建物や竹に遮られ、賑わいは少しもわからない。
「部屋は特に変わったところはなかった」
前に向き直る。不知火は立ち止まり、匂いを確認してから、更に奥へと足を向けた。
「せやけど、敷かれたままの布団と、転がった餌入れが、ちょっと気になったんや」
「片付けてないだけじゃないのか?」
「それもあるかも知れんけど、敷きっぱなしにしては乱れてへんかったし、荷物もきちんとしてあったから、燐さんはそれなりにまめな人なんやろう。それに、餌入れも転がしたならすぐに戻しそうなくらい、燐さんは巽さんを大事にしてたと思う。せやから餌入れを転がしたんは燐さんやのうて」
「ややこしくなってきた、ハルの話は、難しい時がある」
すまんと謝り、
「簡単に言うと、燐さんが寝てる間に侵入した誰かが燐さんを攫って板を嵌めて、巽さんはそれを追いかけたんやないかなと思うてる」
結論だけを話すと、不知火はこちらを向いた。
「おれは逆だと思った」
「そっちもあるかもしれんな。どっちにしろ、今二人がおるところを突き止めればええだけの話や」
不知火は頷き、身を屈めながら獣の姿に変化した。もうすぐらしい。あと少しで山に入るくらいには、深い場所まで来ているようだ。
「なんで竹藪だと思ったんだ?」
紅い目で私を見つめながら、はじめの質問を再び投げてきた。
「俺ならこっちに来るからやな」
正直に答えると、少しの間のあと、笑い声が返された。
ハルのそういうところ、好きだよ。不知火は呟くように言い、連なった竹の奥に視線を向けた。笹の葉と竹を組んで作ったらしい、粗末な小屋が見えていた。
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