狭間に棲む鳥

1

 それなりに賑わっている宿場町に着き、不知火が匂いで決めた宿に三日程泊まると決めた。何故選んだかは不明だが、良い宿だった。風呂の備えが十全で、軽い食事も頼めば出してくれるようだった。

 旅人や商人がよく立ち寄る地帯らしい。同時に、物見遊山の旅客も散見された。宿場の連なる直線の路地は絶えず人が歩いており、辺りを照らす提灯が、影を作って揺れていた。

「数人、近くの藪にでも引き摺り込むか?」

 あてがわれた二人部屋から外を覗きつつ聞いた。不知火は私の膝に転がりながら、ううんと唸った。あまり気が進まなさそうだ。具合でも悪いのかと心配するが、不意に身を起こして廊下に続く戸を見つめた。

 足音がする。他の宿泊客だろう。部屋はいくつもあり、全て埋まっているようだった。格安の上、小綺麗な宿であるため、人気らしい。

 不知火は足音をじっと窺ってから、また私の膝に転がった。

「なあ、ハル」

「うん?」

 甘えたいのかと頭を撫でかけるが、

「ここ、変なやつが、いる」

 真剣な声に手を止めた。

「変って、異形の類なんか?」

「わからない」

 不知火は匂いを確かめる素振りをしてから、難しい、と付け加えた。

「せやけど、人間でもないんやろう」

「うん。気になったから、この宿にした。おれみたいな奴なら、話してみたいし」

「宿におるってことは、そういうことか」

「かもしれない。わからねえけど、興味があるんだ」

 不知火はまた、戸へと視線を向ける。あんなに好きな悔恨よりも気にしているようだ。多少、面白くない。しかし彼の気持ちもよくわかる。

 宿に泊まれているのなら、人間の姿をしているのだ。不知火のように親のどちらかが人間なのかも知れないし、例えば有名な、変化が出来る狐狸の類なのかも知れない。

 なんにせよ、貴重な機会ではある。宿を決めた理由もわかって納得したため、それならば気配が消えてしまうまでは探そうと提案した。不知火は腿に頬を擦り付けながら、頷いた。

「ただ、金を使い切るわけにもいかんから、途中で野宿に切り替えるかもしれん」

「いいよ、ありがとう、ハル」

 不知火は笑い、腕をついて体を起こした。ぐりぐりと肩口に頭を押し付けてから、顔を近付けてくる。素早く遮る。

「舐めんでええ」

「なんで?」

「なんでもや」

 近頃すぐに舐めてくる。不知火は不思議そうにしながらも引き、また肩口に頭を押し付け始めた。甘える仕草はかわいらしいので、髪に頬を当てつつ抱き寄せた。


 宿に夕食を頼もうかとも考えたが、不知火が食えるものを探すと一人で部屋を出てしまったため暇になり、路地をぶらつくことにした。

 宿場町は宿だけでなく、食事処も豊富だ。土産を売る店もあり、夜の方が賑わうようだ。

 とはいえ、着いた直後の昼間もそれなりだった。時間にかかわらず、笑顔の旅客が多い。良い思い出を持ち帰れる場所は貴重に思う。いずれは、もっと栄える宿場町だろう。

 むしろ、人間がもっと増えていきそうだ。そうなれば自然と、宿や住処も増え続ける。その時代が来るまでには死んでおきたいが、不知火を置いてはいけないか。彼の食料になるのであれば構わないけれど。

「お兄さん、入らないのかい」

 急に話しかけられた、と思ったが食事処の看板を見つめながら考えごとをしていたせいで、店の人間の目についたらしかった。話し掛けてきた女性は歯を見せて笑い、私を店内へと導いた。

 腹に入ればなんでも良かったため、従った。店内は活気があり、居酒屋のようだった。あまり酒は飲まないのだが、料理も種類があるようだ。

 少人数用と思しい、小さな机の前に腰を下ろす。目の前に、私を招き入れた女性が、胡座をかいて座った。

「……、店の人やないんですか」

「ん? 違うよ?」

 女性は口角をゆっくりと吊り上げて笑う。

「あたしはただの客さ、兄さんがいつまでも軒下に突っ立ってるから気になって声を掛けただけ。飲まないのかい?」

「酒はあまり」

「ひひっ、なら、たんまり食うといいさ」

 同席のまま、彼女は色々と注文をし始める。慌てて金が然程ないと言えば、

「勘定くらい任せなよ」

 とあっさり返された。

「……何故ですか? 初対面やと思うんですが」

「んー? 初対面だけどねえ、話を聞いてみたい時は、さっさと恩を売ればいいと思わないかい?」

「理には適うてますが、俺は大した話も出来ませんよ。……あなたが何を聞きたいかにも、よりますが」

 彼女はまた、独特の笑い声を漏らす。

「ま、とりあえずあなたは止めてくれ。あたしはりん、兄さんは……」

「春之介です」

 我々の元に数本の徳利と料理が届く。五目御飯の握り飯と天麩羅は、燐の手により私の目の前に押し遣られた。

 食えと言うわけらしい。無言で手を伸ばし、齧った茄子の天麩羅はさくりと音を立てた。美味さに文句はなく、山菜の天麩羅を続けて食べる。その間に燐は、徳利を一本空にしていた。

「春之介」

「何でしょう」

「いくら払うって言ってもさ、こんな怪しい女とよく大人しく食事が出来るねえ」

「俺にも、聞いてみたいことが出来たので」

 燐は目を細め、新しい酒を猪口に注いだ。先に聞くかどうするか、視線を交わして窺い合うが、あちらが早かった。

「あんた此処に、何連れてきたんだい」

 静かな問い掛けの中に敵意は見当たらなかったが、瞳が笑っていなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る