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 砂浜まで戻り、すっかり濡れた髪と着物を絞った。少し離れた位置で、不知火も海水を振り落としている。塩のせいか、随分べたついた。井戸などはないだろうかと見渡したがこちらもなさそうだ。村を探す方が早いだろう。

「とりあえず、移動しよか」

 荷物だけは崖に置いてきたため、一度取りに戻った。灯明台は黙って鎮座し、もう一粒の光も残してはいない。

 ひとまず見た目だけでも整えようと、拾った荷物から着替えを出したが、脱いだ瞬間に背中を舐められた。背後にいた不知火は更に舐めようとしてくるので、慌てて離れた。

「な、なんや?」

「潮水、舐めてとれるよ」

「えっ、いや大丈夫、着替えるから」

「べたべたするだろ、おれは平気だけど、ハルは嫌そうな匂いしてる」

 本当に大丈夫だと断り、さっさと着物を着込む。不知火は不思議そうだが、こちらとしてはたまったものではない。そもそも既に、散々舐められた。

 思い出しかけたので思考を閉じた。崖に背を向けて歩き出し、一度振り向くがいつも通りの朝があった。灯明台にも、海の上にも、炎はもうない。

「結局、なんであそこに海の炎があったんかは、わからんな」

 独り言のつもりだったが、不知火はこちらを見た。

「知りたいのか?」

「いや、そういうわけでもないけど、少しだけ引っ掛かっててな」

 炎が自ら灯明台へと収まるはずはないだろうが、調べようもない上に、済んだ話になっている。わからないことは、今までにも色々あった。異形の面々を人間が理解できるとも思わないが、今回は何かが気になった。

 考えてもまとまらない。頭の隅に留める程度で一旦置き、不知火の背中に掴まった。彼は今度こそ森の中を駆け抜けた。

 踏みならされた平らな道には、すぐさま辿り着いた。不知火は人の姿になって私の隣に立つ。随分とぼろぼろで、お互い様だと思えば笑えてきた。

「ハル、楽しそうだね。おれも、二人きりで過ごすのは、楽しかったよ」

「ああ……そのうちどこか、静かなところで二人で暮らすのも、ええかも知れんな」

「そうなったら、父さんと母さんみたいだ」

 不知火はどこか嬉しそうだった。本当にそうなればいいが、彼の食事や住処の確保など、問題は山積みである。すぐに実現はできないだろう。

 ぼさぼさの髪を撫でてやり、彼の両親のことを少し思い浮かべた。異形と人間の夫婦はどのような日々を過ごしたのだろうと考えつつ、長かった夜から遠ざかり、歩き始めた。



(回帰の火鉢・了)

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