3
「どう見ても、
夜の中の太陽とでも言うべきか、お陰で暗さによる不便はないのだが勝手に燃え始めた辺りから、異変は起こったと思われる。不知火が言っていたなにかしらの気配もまだあるのだろう。昨日一度見た時に、現在の炎ではないと結論づけたが、それも正しくはないかもしれない。
「ハル、どうする? 壊してみるかい」
灯明台を見る不知火の視線は燃えている。
「壊すだけなら、簡単だと思うけど」
「……いや、無闇に壊すのはちょっと待ってみよう。一旦離れよか、案外簡単に抜けるかもしれん。乗せてもろてもええか」
「当たり前だろ」
礼を言いつつよじ登ろうとするが、背中へと放り投げられた。しがみついた瞬間に素早く走り出し、崖はあっという間に離れた。本当に平気かもしれないとたかを括ったのは一瞬だった。
鬱蒼と続く深い森に体を滑り込ませたが、すぐ抜けてしまった。目の前には家と崖と、灯明台があった。戻されていた。
念のため、別方向にも進んでみたが無駄だった。砂浜に降りて同じようにしてみるも、結果は変わらない。念のため不知火だけ海へと入ってもらったが、一定の位置まで進んだところでこちらを向いて戻ってきた。自発的ではなく、急に方向を変えさせられたと言うような、奇妙な転換だった。
「駄目だ、行けない」
不知火は体を振って潮水を落とし、不貞腐れたように砂浜に転がった。労いを兼ねて体を撫でてやり、光によって少しは明るい海を見る。夜だからでもあるが、鳥の姿はない。虫や獣の鳴き声もなく、波打ち際の静かな音だけが聞こえてくる。
砂浜を見渡し、落ちていた枝を拾い上げた。先端で砂の上に円を描き、その真ん中に印を打ってから、転がっている不知火を呼び寄せる。
「何?」
「この、真ん中につけた印が灯明台や」
「うん」
灯明台の手前に波線を作り、ここから向こうが海、と説明を加える。
「一応、戻されながら歩数と秒数で距離を測ったんや。大雑把にやけどな。大体は灯明台付近から出発したし、泳ぎ以外の致命的な差異はあらへんと思う。それで、左右と家の背後の森に向かった時の距離は、大体似たようなもんやってん。起点が灯明台なんやから、明らかにここが、原因や。崖を中心にして、放射状に閉じ込められとると思う」
周りに数字や考えを書き込みながら、ちらと横目で不知火を見る。彼は目を光らせつつ、
「ならやっぱり、壊しちまえばいいんじゃないか」
と灯明台のある崖を仰ぎながら提案した。
「いや、さっきも言うたけど少しは待った方がいい」
「なんでだ?」
「不知火だけに沖へと向かってもろた時に、どう戻されたかを見てたんや。俺も背中に乗ってた間は気付かんかったけど、同じ場所に戻ってくるんやのうて、方向の感覚を狂わされて勝手に戻ってきてしまう、という曲がり方やった。せやから、そうやな……磁力みたいなもんやないかな。灯明台の辺りが原因なんは確かやろうけど、崖自体がその性質なんかもしれんし、下に埋まってる何かかもしれんし、壊す前に調べとかな取り返しがつかんことになって、一生出られん、という事態も起こり得る」
「ずっとここで、夜の中で、ハルと二人きり?」
「……、そう聞くと、悪いと思われへんのが不思議やな」
不知火も同じように思ったらしく、同意のように喉を鳴らした。甘えるように頭を擦り付けられて吝かではないが、重大な問題が一つある。
「ここやと不知火の食事があらへんから、出られるように調べよう」
黒い体をぽんぽんと撫で、一先ず崖にも戻ろうかと提案する。不知火は了承し、また背中に乗せてくれた。崖に続く岩肌を軽々と登っていくが、私は必死でしがみつく。
崖の突端は非常に明るい。背中を降りて灯明台に近付くが、昨夜と比べて変わったところはやはりなく、どう調べようかと少し悩む。組まれた石は昨日のままだ。不知火が爪を立てた跡も残っている。
炎を見上げていると、不知火に体を押されて数歩よろけた。
「うわ、なんや?」
「あれ、やっぱり燃えてないけど、匂いはある」
不知火の目は炎を見つめている。
「燃えてへんのは、俺も確かめたな。熱くはなかった。……ほなやっぱり、過去の映像なんやろうか」
「もう一回、見てくる」
私が何かを言う前に、不知火は灯明台の上へ登っていった。台座近くでは人の姿になり、炎を覗き込んでいる。
「昨日と変わったところはあるか?」
声をかけるが、ない、とはっきり返された。
「ううん、せやったらその火が原因ではないんかな」
「わからないけど、なにかいる匂いは、この火のあたりが一番強い」
「燃えてへんのに?」
「うん、なんだろう、初めて嗅ぐよこの……感情? なのか、それにしては、冷たい……」
不知火はぶつぶつと何かを呟いている。私も傍に行こうかと石に指を引っ掛けるが、その前に飛び降りてきた。蓬髪を掻き回し、わからない、と言いながら擦り付いてくる。
「あちこち走り回ってもろたし、ちょっと休もか。無理させてすまん」
頭を撫でつつ提案し、不知火を連れて一旦家の方へと引き返す。滞在出来るところがあると、少しは気が楽だ。中に入った途端に、不知火は疲れたように転がった。いつも通り足を枕にしてもらいながら、携帯食の干し肉を取り出し千切る。
「食えんことはないやろ、一先ずこれで、凌いでくれ」
口元に持って行くと、素直に食べた。鹿肉だが味はどうだろうか。心配していると、そこそこだと返ってきた。
安堵しつつ、自分も一口齧った。塩分が強く、臭みは消えていて食べにくくはない。腹持ちもそれなりだろう。
「ハル、少し寝ていい?」
「うん、ゆっくり休んでくれ。おやすみ」
頭を撫で、緩慢に瞼が降りる様子を見下ろした。寝息はすぐに聞こえてきた。悔恨を食えていないのに、無理をさせてしまったと反省する。
不知火の食事に関しては、ここを出られなかった場合でも、一度きりの方法があるにはある。私を食って貰えばいいだけだ。
ただ、自分が美味い悔恨を出せる人間ではないことも、わかっている。
夜はずっと変わらない。
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