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間近から見上げる
何故勝手に燃えたかは、不明だ。調べてみようかと足を踏み出すが、不知火の尻尾に巻き付かれて阻まれた。
「あんたは本当に、死ぬのが怖くないんだな」
呆れたように言われ、つい苦笑してしまう。
「もし死んでもうたら、不味いやろうけど、食うてくれ」
「嫌だ。屍肉は、好きじゃない。どうせ食べるなら死ぬ寸前に齧り付くよ」
「ほんまか? 忘れんといて欲しい、今の言葉」
「どうかな、忘れちまうかも。死ぬ時にもう一回言って」
などと与太を話している間も、灯明台は燃えている。なんとも不可思議な現象だ。調べようにも不知火に離す気はないらしく、細かい部分はわからない。
「……ん?」
見上げているとふと気付いた。
「火がついてはいるけども、煙が立ってへんな、あれ」
台の上の炎は相変わらず眩しいが、立ち上るはずの煙は欠片もない。更に不可思議だ。近くで見てみたい気持ちが強くなる。
不知火が溜め息を吐いた。尻尾ごと持ち上げられ、驚いている間に背中へと乗せられた。しがみつくと、彼は灯明台へと歩き始めた。
鋭い爪が石の合間に引っ掛かる。不知火は唸りつつ、人工の崖を登ってくれた。しかし最上部は炎もあり、突き出した格好であるため、無理矢理登らせるには心配だ。
そのため、私の手が届く範囲に来たところで、背中を離れて自分だけ淵に手をかけた。
「ハル!」
制止を背に受けつつ、台座周りの隙間に身を滑り込ませた。転落を防ぐための囲いは崩れかけているが、風も殆どないので、凭れなければ平気だろう。
立つ位置を確かめてから下を覗き、
「大丈夫や、少し待っててくれ」
声をかけるが、不知火は人の姿になって追ってきた。
「あんた本当に莫迦だな、自分から離れるなよ!」
即座に怒られる。更には牽制のように肩を甘噛みされた。かすかな痛みが走った。
「すまん、獣状態で登ると、危ないかと思うて」
「もう、いいよ。……それよりこの火、変だね」
「うん、登って確信したけども、熱くないな」
二人で火を囲みつつ、ううんと唸る。ごうごうと燃える火自体は、台座に置かれた木から発せられており、変わったところのない一般的な焚き火である。
海へと視線を移す。相変わらず黒々と広がっており、こちらに向かう船の姿はどこにもない。燃えているからには目印だと思ったのだが、違うのだろうか。なら、何故急に?
頭を悩ませていると、不知火に腕を掴まれた。彼はじっと炎を見つめており、赤い目は一層眩しく映った。
「ハル、これは多分、燃えてないよ」
「うん……?」
不知火は炎を嗅ぎ、今は燃えてない、ともう一度言う。どういうことかと、再び炎に視線をやった。橙色の体はふらふら揺れている。煙はやはりなく、燃える匂いも届かない。
そこでやっと、奇妙さの核に触れた。顔を上げて確認する。森の方向を窺えばちゃんと見つけた。風に吹かれたような切れ切れの煙が散っている。
しかし今宵は、風がない。
「……もしかしてこれは、今やなくて、昔の炎なんかもしれん」
「昔?」
「うん。ほら、前に毛玉の子に会うたやろ。あの子は人の記憶を覗ける力があったけども、この辺りの何かにも、そういう特性があるんかもしれへん。せやから今燃えてるわけやのうて、昔に燃えとった時の記憶を見せられとるんやないかな。……そうやったら面白いな、と思うただけやけど」
不知火は納得したように頷きつつ、掴んだままの腕を引く。
「面白くても、あんたは危ないかも知れないから、もう、降りよう」
「まあ、近場で充分、みさせてもろたしな」
囲いを跨いで降りようとするが、不知火に吠えられた。彼は人の姿のまま私を抱えて飛び降りる。慌ててしがみつくが、難なく着地した。
自分で歩かせてもらえなかった。私を抱えたまま不知火は歩き、宿にした家へと向かって行った。勝手をしすぎたらしい。家に入ったあとは獣に変化し、尻尾でぐるぐる巻きにされた。
「真夜中に出て行ったり、せえへんよ」
「駄目」
かなり怒っているようだ。謝りつつも、守ろうとしてくれることは嬉しく、自分から擦り寄って不知火の懐に収まった。
彼は暖かいので、共寝が心地良い。起きてから食べられる悔恨を探そうと話し、寄り添ったまま瞼を閉じた。不知火は私をしっかり捕まえた状態で、寝息を漏らしていた。
翌朝は暗かった。曇りや雨ではなく、単純に、暗かった。夜なのだ。混乱しながら不知火を起こし、共に外を確認したが、どう見ても夜のままだった。
「……眠り過ぎたってほど、眠ってもないよな」
「うん、いつも通りやった」
「じゃあこれは、面倒事だ」
「そうなるな」
星が煌めく夜の中には、昨夜と同じく灯明台の明かりがあった。相も変わらず燃えている。森の方向には、千切れながら漂う煙の姿もあった。
不知火と顔を見合わせた。夜に閉じ込められたらしいが、解決策は今のところひとつも思い付かなかった。
かなり良くない状況だ。
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